2008年03月21日

「なんで出家したの?」「なんで坊さんになりたいねん?」

 今稿のタイトルの台詞は、近頃久しぶりに会った知人や友人に、開口一発100%訊ねられる事柄である。
再三誰しもに、同じことを訊かれるので、最近はイチイチ面倒になってきて、理由を紙に書いて持ち歩いて渡そうかとも思う(笑。 まーそのためにも、そしてまた、自分の思いを再確信するためにも、ここらで一つ、その経緯や理由、動機を書いておこうと思う。

一章:経緯
『神仏に手を合わせる』
 神や仏よりも己だけを信じ、煩悩の赴くまま、時に人を傷つけ、時に人を押しのけ、上に這い上がることだけを目指して勝手気ままに生きてきた。そんな元々無宗教で、仏壇すら持たなかった自分が、神仏に手を合わせるようになったのは、去年の四月ごろ。
つまり、このブログもその時期以降に書き始めている。まだたった一年前のことである。 永く商売をしてきたので、事務所や店舗に神棚があった。しかし、毎日手を合わせることはなく、年に一度、年明けに神主さんに来て貰い拝んでもらう程度だった。だって、そもそも、お大師さんは空海じゃなく、天海と思ってた程のレベルなんやし。かなりいい加減(笑。

 その内、従業員に任せっきりで店舗の神棚にある、薄汚れた神具をキレイに洗ったり、(事務所の榊と水ぐらいは毎日、自分で変えた方がいいんじゃないか・・)とか、思うようになって、毎日手を合わせるようになって行った。 始めは、商売繁盛や事業繁栄を祈願し、富士山麓の大山祗神社へ毎月詣でるようになり、近県の社寺仏閣にも時間があれば出かけるようになった。
その度に、段々お札が増えて行き、やがてコレクションのようになってきた(笑。 また、以前から飾りのつもりで床の間に置いていた、二体の大きな恵比寿大黒像にも、水をあげ祈り奉るようになって行く。


『遍路巡礼を始める』
四国八十八ヶ所遍路は、明確に何が切欠か覚えてないが、とにかく「いつか回ってみたいなぁ」と、漠然とだがぼんやり思った頃があって、旅行会社の遍路ツアー資料を取り寄せたりしたが、その時はまだ事業に夢中で、いつしかパンフレットもどこかに埋もれたままになっていた。
 それが、去年の四月ぐらいには徐々に本気で行く気になってきて、周囲の経営者仲間にも、「今注文してるハマーH1が届いたら、それに乗って寝泊りしながら四国遍路をしに行くぞ!」ってな、それでもまだまだ軽いノリで宣言していた。

 それから三ヵ月後の七月、まだ四国への足がかりを付けられないでモヤモヤしているとき、関東にも八十八ヶ所遍路があるのを知り、人生初の巡礼が始まった。 居住地の群馬だけでも十五もの札所があったので、とっかかりは良かった。が、埼玉県でも群馬寄りまでならスムーズに回れたが、仕事も忙しかったので途切れ途切れになりがちだった。
それでも、常に遍路のことが頭から離れず、少し手が空いちゃあ午後から、せっせと出かけて半日で埼玉東京近郊3〜4箇所の札所を巡るようなこともあった。遠く離れた栃木県、千葉県、茨城県はそれぞれ一二泊の泊まりこみで一気に巡礼して行った。
この頃は、勿論、自宅でも勤行はしておらず、般若心経すらシドロモドロ。しかし、ゆっくりだが、何かが確実に自分の心の中で変わっていくのを観じるようになって行く。

 それは、次の秩父三十四ヶ所観音巡礼を志し、ここで巡礼者の少ない関東八十八ヶ所遍路とは違い、多くの遍路と出会い、細いお寺の道を大きな車でデカイ態度で臨むものではない、という考えから結果、やがて四国八十八ヶ所遍路、別格二十箇所巡礼での、逆打ち歩き遍路へと繋がっていった。


 あとはご存知の通り、現在まで寺院巡礼や神社参拝を重ね、得度(出家)し、阿闍梨を目指して修行勉強中の坊主見習いが近況の自分である。
 ・・・そう振り返れば、随分変わった。なにが変わったって? いやもう、メチャクチャ変わったよ。ホント別人のように変わり過ぎたって云われる。取り巻く物質的には、大好きだった高級外車を捨て、売るほど持ってたブランド服や小物も捨て、今は毎日作務衣しか着ない。
キンキラ高級時計もしない(もうない)、コレクションだったデュポンのライターは、全て大嫌いだった100円ライターに変わった。常に4〜5人は付き合ってるオンナが居た。が、当然そんなモンも今は居ない。

仏壇も買った、仏像も買った、経本が何冊もある、密教法具もある。ここまでなら、ただの密教コレクターか、檀家さんでも持ってる。だが、そうではない。日々の勤行に必要だし、その祈りも個人的且つ身内だけの狭い範囲から、大義的且つ全ての人々の祈りに変わってきた。だから、人のための祈りごとは、勤行の時間と比例して増え続けていってる。(笑


二章:動機
坊さん宣言する気なんてなかった。増して、阿闍梨になる気なんぞサラサラもなかった。だが、今はなりたい。いや、更に厳しい修行を積んででも、どうしても阿闍梨にならねばならない。 と、まで思っている。

 私利私欲から、忘己利他へ。
自分は人一倍二倍欲が深い。だから欲を満たすために、三倍の仕事をしてきた。自分だけの物欲、性欲、虚栄心、自尊心、名声、巨万の富・・。 今思えば最初の動機は、自分の浅はかな欲のために、生きる先に何も豊かな心模様が描けなくなった。という事実に気付いたからだと思う。
 日本は今、ポイントオブノーリターンが迫っていると云われる。人に気遣えず、人に優しく出来ず、人に与えられず、我が身我が子我が社の日本人。引き返すことの出来ない、どうしようもない未来へ突き進んでいる。
金と欲に飢えた自分の人生も、全くそれと同じだと思えた。40歳を境に、今、ここで残りの半生の生き方を誤れば、やがて自分を見失い、何もかも失くし、その業は後世にも苦しみをもたらして行くのではないか? と思うようになった。

 ずっと、生き急ぐかの如く走り続けて、ふと周りの人間を見渡すと、いつしか古い友人達や設立当初の従業員はいなくなり、全然違う人種の人間たちで構成されていた。彼らの共通点は、目がみな一様にギンギンギラギラ輝き、米国的資本主義社会で生き馬の目を抜いて勝ち残ってきた兵(つわもの)という自負を持つ。
いわゆるニューリッチと呼ばれる、IT長者やネット起業、投資などで一挙に富を手にした彼らに、更に共通するのが、年齢不相応な若々しいファッションだ。勿論、超一流のブランド服には違いないが、ファッショナブル過ぎて本人のセンスを超越してるように思えた。
或いは、急激に財産を手にすると、まずは「金を持っている」という事が、最も分かりやすい形として、金を使いたがる傾向なのか。時計にしろ車にしろ、誰が見ても「高級」という二文字が浮かびやすい物を買う。

 「え?・・もしかしてコイツらと、今のワシは一緒くたなんか?」
ある、都内の大きなパーティーに呼ばれて行ったとき、ふとそう思った。上っ面の笑みを浮かべグラスを傾ける。互いに儲けることにしか縁を結ぼうとしない、そんな連中の蚊帳の外に自分を置いてみたとき、自分の夢見てきたこと、立つべき場所(ポジション)、持つべき友、確固たるビジョンがこんなものだったのか?

自分は絶対間違っていない、絶対負けやしない。そう信じて生きてきた。
でも、そうやって走り続けてきた道は、本当に正しかったのか?自分はどれだけの人を救い、幸せにしてきたのか?これから走っていこうとする道は、正しいのか?
そんな思いに駆られ、急激に立ち止まったとき、走ってきた速度の余韻を残す風景だけが、自分の両横を風と共に通り抜けていった。その瞬間から、絶対金儲け主義に嫌気がさして行った。

「私欲を捨て大義に生きよ」
ビジネスを通じて出会った、尊敬する中川博迪のこの言葉に、去年の早春、大いなる感銘を受けた。小さな欲望よりも、大義を守り抜くために、命をかけて生きること。世のため、人のために、今の自分に何が出来るのか? 自分には、この大義が足りなかったんだ。
 だから、幾ら儲けても面白くない、夢に近づいているのに、遠く感じるのはそのせいだったのだと。 この大義こそ、自分の求めていた本当の生きる道標となるのだ。もしかすると突き詰めれば、これが今に至る直接的な切欠だったといえるかも知れない。

 若いころから、男にとっても最も大切なことは、生きる姿勢だと信じてきた。どんなに孤独になろうと、自分の信じた道を貫くのだと。だが、自分の生き方に矛盾や、誇りにしてきた自尊心に疑問を感じたとき、中川博迪と出会い、死に様を決めろと言われた。死に様イコール生き様ともとれるが、死など恐れず生きてきた自分が、初めて死と向き合い、死について考えるようになった。

 それが、仏縁に因り巡りあった大阿闍梨から、「慈徳院心厳浄哲居士」と云う、戒名を授かるに至った因果になっている。と、思う。
本来、死んだ時に本人の生き様に応じて頂く戒名を、敢えて先に頂くことによって、与えられた宿命を全うするために生きる道を選んだのである。


 阿闍梨は単なる通過点に過ぎない。阿闍梨になった暁には、また新たな挑戦や修行が待っているだろう。お大師さんは、18歳で大学を飛び出し、61歳のご入滅までの43年間で、日本仏教に偉大な功績を残された。例えお大師さんのような天賦の才能がなくとも、自分が84歳まで生きれば同じ43年間分だけ、神仏に我が半生を捧げられる。密教は果てしなく奥が深い、が自分には、かつてない新たな夢がある。野望がある。またこれからも、違ったレールを走り続けるだけだ。それだけは変わりはない。



全ての人々に、光明あれ

感謝合掌
法蓮 百拝

taihei0440 at 21:22コメント(0)トラックバック(0) この記事をクリップ!
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