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<title>毘那夜迦-Vinayaka・遍路と巡礼　心を洗う神仏とえにしの旅</title>
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<description>「厭離穢土欣求浄土（おんりえどごんぐじょうど）」
家康公が終生、理想と掲げた旗印。多くの民衆が貧困と絶望の中「戦乱の世を鎮めて泰平の国作りを・・」という尊い大義そのものだったようです。自分や我が子さえ良ければ他人はどうでも構わない、金さえあれば何でも手に入る現在の拝金資本主義日本。失われていく美しき日本人の魂。家康公が生涯をかけて築いた天下泰平は、今の腐敗した日本の為ではなかったのではないでしょうか。人様の何倍も腐った煩悩だらけの私も、神仏の前に欲を捨て、物を捨て、汚れきった心を洗う『えにしの旅』を綴ります。人はみな菩薩、人みなわが師なり。



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 <title>毘那夜迦-Vinayaka・遍路と巡礼　心を洗う神仏とえにしの旅</title>
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<title>【序章】日本男児よ奮い立て</title>
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<description>
～はじめに～

　貴方は命がけで生きたことがありますか？
　　貴方は命がけで愛したことがありますか？
　　　貴方は命がけで守りたいものはありますか？
　
　貴方は何に苦しんでいますか？
　　貴方は何のために生きていますか？
　　　貴方は何しにどこへ行き...</description>
<dc:creator>taihei0440</dc:creator>
<dc:date>2010-04-04T04:04:46+09:00</dc:date>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<BR>
～はじめに～<BR>

　貴方は命がけで生きたことがありますか？<BR>
　　貴方は命がけで愛したことがありますか？<BR>
　　　貴方は命がけで守りたいものはありますか？<BR>
　<BR>
　貴方は何に苦しんでいますか？<BR>
　　貴方は何のために生きていますか？<BR>
　　　貴方は何しにどこへ行きたいですか？<BR>
<BR>
<A href="http://厭離穢土欣求浄土.com/archives/517138.html#next">▼当ブログの趣旨</A>　<A href="http://厭離穢土欣求浄土.com/archives/517138.html#oitachi">▼欲に生きた男の生立ち</A>　<A href="http://厭離穢土欣求浄土.com/archives/517138.html#ryakureki">▼欲に生きた男の略歴</A>
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<item rdf:about="http://xn--nnr03fa906r9ibi5br10cw95c.com/archives/557798.html">
<title>【目次】神仏備忘録 ～四国八十八ヶ所札所一覧～</title>
<link>http://xn--nnr03fa906r9ibi5br10cw95c.com/archives/557798.html</link>
<description>～ご案内～
　こちらは、四国八十八ヶ所遍路及び、四国別格二十ヶ所などの記事検索にお役立て下さい。 歩き遍路のトレーニング、準備、計画、総集編やその他の巡礼、密教、修法などに関する記事検索は、右下の『タグクラウド』から、ご興味あるキーワードを選択しクリックさ...</description>
<dc:creator>taihei0440</dc:creator>
<dc:date>2009-04-04T04:04:04+09:00</dc:date>
<dc:subject>四国八十八ヶ所遍路</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[～ご案内～<br>
　こちらは、四国八十八ヶ所遍路及び、四国別格二十ヶ所などの記事検索にお役立て下さい。 歩き遍路のトレーニング、準備、計画、総集編やその他の巡礼、密教、修法などに関する記事検索は、右下の『タグクラウド』から、ご興味あるキーワードを選択しクリックされると便利です。<br>
札所名などから記事を検索したいとき「ブログ内検索」バーでは、例えタイトル通り入力しても、正確に結果表示されずムカつくので。　と云いつつ、基本的には自分の備忘録代わりでもありますが（笑。<br>
<br>
　＊四国歩き遍路編では、札所を打ち終えた時点から次の札所までの記録とするため、そこから札所の番号が変わります。日を跨いだりして、一つの寺に複数記事がある場合、リンクは一つ目の記事へ移動しております。<br>
例えば、タイトルの寺の後ろに「①」と枝番号付けられていると、同じ寺に関して複数記事があります。それ以降を読む場合は、記事最下段の「次の記事」をクリックして下さい。<br>
　＊因みに「三十四泊目②」など、何泊目かの後ろにある枝番号は、同じ日の記事数を表しています。<br>
<br>
<A name="top">目次一覧</A><br>
<A href="http://厭離穢土欣求浄土.com/archives/557798.html#hudasyo">札所から記事検索</A>　<A href="http://厭離穢土欣求浄土.com/archives/557798.html#sosyuhen">歩き遍路総集編</A>　<A href="http://厭離穢土欣求浄土.com/archives/557798.html#bukyo">え？マジで？おもしろ身近な仏教用語</A>　<br>
<br>
▼
<a href="http://xn--nnr03fa906r9ibi5br10cw95c.com/archives/557798.html">続きを読む</a>]]>
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</item>
<item rdf:about="http://xn--nnr03fa906r9ibi5br10cw95c.com/archives/956248.html">
<title>大聖歓喜天使咒法経　全文　（歓喜天経・聖天経）</title>
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<description>　『夢を叶えるゾウ』がドラマ化され、すっかりお馴染みのガネーシャ(サンスクリット語で&amp;#2327;&amp;#2339;&amp;#2375;&amp;#2358;, gaNeza)。日本においては聖天さま、歓喜天さまのことですね。フルネームは、大自在大聖大悲歓喜雙身天王。長いですね～今では朝晩の勤行時に、何度も何...</description>
<dc:creator>taihei0440</dc:creator>
<dc:date>2008-10-23T01:20:20+09:00</dc:date>
<dc:subject>読経と経本</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　『夢を叶えるゾウ』がドラマ化され、すっかりお馴染みのガネーシャ(サンスクリット語で&#2327;&#2339;&#2375;&#2358;, gaNeza)。日本においては聖天さま、歓喜天さまのことですね。フルネームは、大自在大聖大悲歓喜雙身天王。長いですね～今では朝晩の勤行時に、何度も何度もフルネームでお呼びするのですっかり慣れてしまいましたが・・。私のように、芦屋の知己から仏縁を頂戴して、聖天さまを密教の天部における尊天として知り、始めから心より帰依するところから入った者には、ドラマのように聖天さまである、ガネーシャを足蹴にしたり、ぶっ飛ばしたりするシーンには、苦笑いするほど聊か困惑もしましたが、『夢を叶える』という部分においては、或る意味、通じているものもありますから、それを機にガネーシャから聖天さまへ興味を持たれて、信仰へ繋がる方がいらっしゃれば、入り口は違えどそれはそれで良いことではないかと思うのであります。<br>
<br>
　ご存知の方も多いでしょうが、元々はインドのヒンドゥー教の神さま。仏教発祥の地、インドから始まった密教において、ガネーシャに限らず、他にも多くのヒンドゥー教の神々が御仏に帰依し護法神となりました。余談ですが、私の帰依するご本尊は、皆さん全員がヒンドゥー教の神々でした。三面大黒天⇒マハーカーラ、愛染明王⇒ラーガラージャ、聖天さま⇒ガネーシャ。今頃んなって気が付いたのですが、これって偶然でしょうか？　まぁどうでもいいですね（笑。<br>
<br>
　やがて中国密教を経由して、弘法大師空海が経典と共に、ガネーシャ＝聖天さまを日本へ伝えられました。後に伝教大師最澄が定められた、「六天講式」にも、その計り知れない功徳をこう表しています。<br>
「そもそも我等、仏法を興隆して、衆生を利益せんとせども、志あっても力無し。仏像を造立し経巻を書写するに、儀あれども遂ぐるなし。このこと誰が人憐れみをなさんや。この念何時に伏するを得んや。唯だ本尊聖者を願い、貧を転じて福を与えるの術を施すべし。」<br>
（わたしたちが仏教を興隆させて民衆に奉仕したいと思っても無力である。こういう時には人の助けを借りることも出来ないが、歓喜天を信仰して貧乏を転じて福を与える術を行うべきだ）と述べ、「貧乏人でもこの神の名を聞けばたちまち裕福になり、卑しい地位の人間でも高い地位につけるであろう」と記されています。<br>
<br>
つまり、如何に有り難い仏法を僧侶たちが受け持って、我々凡夫に説いたところで、目に見える御利益をもって導く方便の（仏教語の方便とは手段、この場合は衆生を導くための）力には及ぶまい。と最澄自ら記すほど、聖天さまのご利益は正に現世利益の真髄とも述べられているのです。<br>
<br>
　他にも、「どんな者に対しても、信仰のある者には差別なく福徳を与えれる、その功徳は他の如何なる諸仏諸神にも勝る点である。」とも述べれていることも、以前ご紹介した『大聖歓喜天和讃』（待父山聖天読誦）の二番目、「そもこの神の本誓（みちかい）の、げに有り難くましますは、世の父母（ちちはは）が其子等（そのこら）の、うき世を知らぬ我侭（わがまま）を、無理の願いと知りつつも、その智慧浅きを愍（あわれ）みて、願いを叶えつつ導き給うにさも似たり。」や、五番目の「例えば宿業（しゅくごう）究（きわ）まりて、絶えなんとする玉の緒（お）を、つなぎ止めんとする如き、難（かた）き願いに至りては、唯この天（かみ）を他（よそ）にして、如何なる神を祈るとも、そのみ誓いにあらざれば、験（しるし）のなきを如何（いか）にせん。」、そして六番目、「されども独りこの天（かみ）は、唯一（ただひと）すぢに祈りなば、かかる難（なん）をも除（の）け給う。ましてや他の願望は、現世出世の差別なく祈る心のこの天（かみ）に、届かざりける例（ためし）なし。霊験（しるし）なかりし例（ためし）なし。」にも、良く表れています。<br>
<br>
　私が初めてこの『大聖歓喜天和讃』を読んだ時、その功徳の高さ、他の神仏に類のない尊さに、ただただ、読みながら頭が下がるばかりだったのを思い出します。『大聖歓喜天和讃』は、日本二大聖天さまの一つ、東の浅草は待乳山聖天（本龍院）と、西の奈良は生駒山聖天（宝山寺）では若干、内容が異なります。どちらもほぼ同じことを総じて書いてあるのですが、勤行次第も違うため、８月二度目の生駒聖天さま参拝以来、朝は待乳山聖天さまの勤行次第で、夜は生駒山聖天さまの次第でと別々に読経しています。聖天さまのご真言もそれぞれ千遍づつですから、寺院参拝のない日でも最低二千遍づつは唱えています。聖天さま勤行次第を詳しくお知りになりたい方は、右側サイドバーの下段にある、「TagCloud」の中の「歓喜天（聖天）」をクリックして過去記事を参照して下さい。<br>
<br>
<br>
<a href="http://image.blog.livedoor.jp/taihei0440/imgs/8/d/8dc9a272.jpg" target="_blank"><img src="http://image.blog.livedoor.jp/taihei0440/imgs/8/d/8dc9a272-s.jpg" width="160" height="213" border="0" alt="8dc9a272.jpg" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a><br>
　さて、それではリクエストが多かった、聖天さまのお経をご紹介しましょう。皆さんのお役にとこうして書くことが、自分にとっても読み方が間違っていることに気付いたりと、とても有り難いことです。パソコンとはいえ、文字が変換せず、いちいち手書きツールを使って書くなど、画像のような写経とはまた違う大変さもありますが、じっくり普段使わない漢字と向き合うのもいいものです。<br>
<br>
なお今回、振り仮名は待乳山聖天の勤行次第によるものです。生駒山聖天さまの勤行次第は、元々後半の功徳部分しか記されていませんが、読み方が待乳山とは異なる部分があるので先にご了承下さい。<br>
<br>
<b>大聖歓喜天使咒法経</b>（だいしょうかんぎてんししゅほうきょう）<br>
唐南天竺国三蔵菩提流志奉　詔訳（とうなんてんじくこくさんぞうぼだいるしぶしょうやく）<br>
<br>
爾時。毘那夜迦於&#38622;羅山。集諸大衆。梵天自在天。<br>
（にじ。びなやきゃおけいらせん。じゅうしょだいしゅ。ぼんてんじざいてん。）<br>
釈提桓因等。及無量億數鬼神等。従座而起。<br>
（しゃくだいかんにんとう。ぎゅうむりょうおくじゅきじんとう。じゅうざにき。）<br>
稽首作礼。於大自在天請言。我今欲説一字咒饒隘衆生。唯願印可。<br>
（けいしゅさらい。おだいじざいてんしょうごん。がこんよくせついちじしゅにょうやくしゅじょう。ゆいがんいんか。）<br>
聴我所説。諸天言善哉。如汝所説。毘那夜迦。得説歓喜踊躍即説毘那夜迦一字呪曰<br>
（ちょうがしょせつ、しょてんごんぜんざい。にょにょしょせつ。びなやきゃ。とくせつゆやくそくせつびなやきゃいちじしゅわつ）<br>
<br>
『おん　ぎゃくぎゃく　きり　おんか　うん　はった』<br>
<br>
爾時。毘那羅曩伽将領九千八百諸大鬼王。遊行三千世界。我等所為。<br>
（にじ。びならのうぎゃしょりょうくせんはつびゃくしょだいきおう。ゆぎょうさんぜんせかい。がとうしょい。）<br>
神力自在。遍歴諸方。奉衛三寶巳。大慈悲利益衆生。<br>
（じんりきじざい。へんりゃくしょぼう。ぶえさんぼうい。だいじひりやくしゅじょう。）<br>
向於世尊。倶発声言。我以自在神通故。号毘那羅曩伽。<br>
（こうおせそん。ごほつしょうごん。がいじざいじんつうこ。ごうびならのうぎゃ。）<br>
亦名毘那夜迦。亦名毘微那曩伽。亦曰摩訶毘那夜迦。<br>
（やくみょうびなやぎゃ。やくみょうびみなのうぎゃ。やくわつまかびなやぎゃ。）<br>
如是四天下称皆不同。我於出世。復有別名。<br>
（にょぜしてんげしょうかいふどう。がおしゅつせ。ぶうべつみょう。）<br>
即以神変昇虚空。而説偈言<br>
（そくいじんべんしょうこくう。にせつげごん）<br>
<br>
－以下、偈文（功徳部分）－<br>
<br>
我有微妙法　世間甚希有　衆生受持者　皆与願満足<br>
（がうみみょうほう　せけんじんけんう　しゅじょうじゅじしゃ　かいよがんまんぞく）<br>
我行順世法　世示希有時　我能随其願　有求名遷官<br>
（がうじゅんせほう　せじけうじ　がのうずいごがん　うぐみょうせんがん）<br>
我使国王召　有求世異宝　使世積珍利　家宝足七珍<br>
（がしこくおうちょう　うぐせいほう　しせしゃくちんり　けほうそくしっちん）<br>
世皆所希有　有求色美者　発願宛然至　莫須言遠近<br>
（せかいしょけいう　うぐしきみしゃ　ほつがんえんねんし　まくしゅごんおんごん）<br>
高貴及難易　志心於我者　我使須臾間　有衆生疾苦<br>
（こうきぎゅうなんい　しじんおがしゃ　がししゅゆけん　うしゅじょうしっく）<br>
顛枉及疥癩　疾毒衆不利　百種害加悩　誦我陀羅尼<br>
（てんのうぎゅうかいらい　しつどくしゅうふり　ひゃくしゅがいかのう　じゅがだらに）<br>
無不解脱者　獨行暗冥處　依我皆無畏　劫賊忽然侵<br>
（むふげだつしゃ　どくぎょうあんみょうじょ　えがかいむい　ごうぞくこつねんしん）<br>
我皆令自縛　若欲自然福　若有求女人　夫心令得女<br>
（がかいりょうじばく　にゃくよくじねんぶく　にゃくうぐにょにん　ふしんりょうとくにょ）<br>
我必令相愛　世間陵突者　我悉令催伏　逍遙自快樂<br>
（がいしつりょうそうあい　せけんりょうとつしゃ　がしつりょうそうあい　しょうようじけらく）<br>
宛然無所乏　有念皆称遂　随有咸満足　設衆悪来侵<br>
（えんねんむしょぼう　うねんかいしょうづい　ずいうげんまんぞく　せっしゅあくらいしん）<br>
我悉能加護　我使如其意　住居皆吉慶　宅舎悉清寧<br>
（がしつのうかご　がしにょごい　じゅこかいきつきょう　たくしゃしつしょうにょう）<br>
男女得英名　夫妻順和合　上品持我者　我与人中王<br>
（なんにょとくえいみょう　ふさいじゅんわごう　じょうぼんじがしゃ　がよにんちゅうおう）<br>
中品持我者　我与為帝師　下品持我者　富貴無窮巳<br>
（ちゅうぼんじがしゃ　がよいたいし　げぼんじがしゃ　ふうきむぐうい）<br>
恒欲相娯楽　無不充満足　奴婢列成群　美女満衢庭<br>
（ごうよくそうごらく　むふじゅうまんぞく　ねびれつじょうぐん　みにょまんぐてい）<br>
遊行得自在　隠顕能随念　出入無所礙　無能測量者<br>
（ゆぎょうとくじざい　おんけんのうずいねん　しゅつにゅうむしょげ　むのうしきりょうしゃ）<br>
我於三界中　神力得自在　降世希有事　我皆悉所為<br>
（がおさんがいちゅう　じんりきとくじざい　ごうせけうじ　がかいしつしょい）<br>
若説我所能　窮劫不能盡　持我陀羅尼　我皆現其前<br>
（にゃくせつがしょのう　ぐうごうふのうじん　じがだらに　がかいげんごぜん）<br>
夫妻及眷属　当随得衛護　我有遊行時　誦我即時至<br>
（ふさいぎゅうけんぞく　とうずいとくえご　がうゆぎょうじ　じゅがそくじし）<br>
過於険難處　大海及江河　深山險隘處　獅子象虎狠<br>
（かよけんなんしょ　だいかいぎゅうこうが　しんぜんけんないしょ　ししぞうころう）<br>
毒蠢諸神難　持我皆安穏　若有侵&#23304;者　頭破作七分<br>
（どくちゅうしょじんなん　じがかいあんのん　にゃくうしんにょうしゃ　ずはさしちぶん）<br>
寿命悉長遠　福禄自遷至（じゅみょうしつちょうおん　ふくろくじせんし）<br>
<br>
<br>
爾時。毘那夜羅迦説是偈巳告世人言。<br>
（にじ。びなやらぎゃせつぜげいごうせにんごん。）<br>
説處世陀羅尼法。最護衆生。随其所願。<br>
（せっしょせだらにほう。さいごしゅじょう。ずいごしょがん。）<br>
皆得満足当須日夜誦持満十萬遍。乃至二十萬遍。<br>
（かいとくまんぞくとうしゅにちやじゅじまんじゅうまんべん。にじゅうまんべん。）<br>
皆得如所説。即昇虚空。即説呪曰。<br>
（かいとくにょしょせつ。そくしょうこくう。そくせつしゅわつ。）<br>
<br>
『なもびなやきゃしゃか　しつち　ぼきゃしゃ　たにゃあちゃ　なちゃしゅばていやう　しつだん　きゃや　しばたはや　ばださしゃや　ばりばちそわか』<br>
<br>
大聖歓喜天使咒法経　畢（おわり）<br>
<br>
<br>
功徳部分についての、主な御利益。<br>
富貴栄達（富貴無窮已　恒欲相娯楽　無不充満足）<br>
恋愛成就（若有求女人　夫心令得女　我悉令相愛）<br>
夫婦円満（夫妻順和合）<br>
安全加護（夫妻及眷屬　常隨得衛護）などなど。<br>
<br>
<br>
それでは今回はこの辺で。<br>
<br>
<br>
感謝合掌<br>
法蓮　百拝<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://xn--nnr03fa906r9ibi5br10cw95c.com/archives/954482.html">
<title>イタリアの工房閉鎖　－放てば手にみてり－</title>
<link>http://xn--nnr03fa906r9ibi5br10cw95c.com/archives/954482.html</link>
<description>　９月から二ヶ月に渡り、イタリアへ三往復した。
歩き遍路や巡礼に出る前の、私をご存知の方はお察しの通り、イタリアで抱えていたジュエリー工房を整理閉鎖するためであった。ここで数人の若手ジュエリーデザイナーのパトロンをしながら養育し、出来上がったデザインを一...</description>
<dc:creator>taihei0440</dc:creator>
<dc:date>2008-10-19T13:21:14+09:00</dc:date>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　９月から二ヶ月に渡り、イタリアへ三往復した。<br>
歩き遍路や巡礼に出る前の、私をご存知の方はお察しの通り、イタリアで抱えていたジュエリー工房を整理閉鎖するためであった。ここで数人の若手ジュエリーデザイナーのパトロンをしながら養育し、出来上がったデザインを一部、中国へ持ち込み商品化して、国内や海外で販売していた。<br>
<br>
出家してから、今は何もかも捨てて、作務衣か法衣が一張羅になってしまったが、かつてはジュエリーが本当に大好きだった。イタリアのクォーター気質と、ベタベタ大阪出身の派手好きが重なって、いつもギンギンギラギラの格好をしていた。オーナーの自分自身がオリジナルのジュエリーを常にまとうことで、それがそのまま、どこへ行ってもジュエリー事業のPRに繋がった。<br>
<br>
商品ラインナップは、最低でも１００万円以上するオートクチュール中心の高額ジュエリーばかり。当然、顧客は富裕層のビジネスオーナーたちだった。だが、１８０度生き方の方向転換をした今の自分にとって、これ以上この商売を続ける理由がなくなってしまった。会社自体は経常利益も黒字を続けていたのが功を奏し、売却先が決まった。<br>
<br>
最も苦労したのは、優秀な五人のデザイナーの引き受け手を捜すのに奔走したことだったが、運良く三名の事業家が名乗りを上げて下さり、なんとか彼らの将来も安泰になった。なにもかも神仏の思し召し。有り難いことである。かつては、すべてが自分の強運と能力だと図に乗っていたが、大きな思い違いであった。確かに強運でもあったが、それらは全部、神や仏のご加護によるもの、関わった沢山の方々の恩恵の賜物だった。改めて深く感謝したい。<br>
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帰りに中国南部へ立ち寄り、広東省にある提携工場ともライセンス契約を打ち切った。ここは南方に香港、マカオを擁する世界の工場、中国における一大輸出拠点である。従業員一万人以上の巨大工場から町工場まで、様々な製造工場がひしめき合う。<br>
しかし、チャイナプライスを支えてきたこの広東省でも、今年中に約1万件に上る、製造請負業者の倒産や廃業が予想されている。北京オリンピックで金メダルを総なめにした、景気良さそうに見える中国だが、内情はそうでもない。撤退のタイミング的には、そういう意味でも最善だったといえる。<br>
<br>
　ご存知のように、中国製品には現在、玩具や食品、医薬品など様々な製品の安全性について、我が国を始め世界中から厳しい目が注がれている。 <br>
米国で今年８月に、この十数年で最も包括的な法改正が行われ、連邦議会で消費者製品安全法の改正案を通過させた。これにより、玩具への鉛の使用に関する規制も大幅に厳格化された。特に打撃の大きい玩具業界は、検査設備を新たに設置する必要も出るなど、コスト負担がさらに増大する。<br>
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加えて人件費の高騰。香港に隣接する深セン市でも今年、最低月給基準を中国国内最高額となる1000元（約1万5500円）に引き上げた。中国南部の各地方政府はここ数年、毎年2ケタの率で最低賃金を引き上げているからだ。そのため、中間管理職や幹部クラスにまで及ぶ、半数以上の従業員をレイオフする工場が続出している。<br>
<br>
今までの中国製品の特徴として、大半は原材料費が製造コストの約60～70％を占める。その原材料コストが、近年の商品価格の上昇に伴い増大している。高騰する原材料費に人件費、そして地価に人民元、税金と、すべてが上昇し、今年度の利益を吹き飛してしまっている。中国製品の2005年7月に為替制度をドルペッグ制から管理フロート制に移行して以来18％上昇した人民元高も、輸出業者の利益を圧迫している。 <br>
<br>
世界最低基準の生産コストで、他国の工場を閉鎖に追い込んできたチャイナプライス。経済政策研究所（EPI）＝米国によれば、失われた雇用機会は２３０万人とも云われている。それほどにMADE IN CHAINA　は、世界中に溢れたが、問題も多くあった。我が社も少量ロットでの生産を断固一貫してきたが、見本の写真と全然違うものが届けば、「大体一緒でしょ」と平気で言う、デザインの意匠は勝手に転売・使用する、納期に間に合わせない、など日本企業では通常は在り得ないことも起こる。それらを上回る安さがあったのは確かだった。だが、交渉の主導権は完全に発注側が握ってきた時代は終わった。その過当競争がずさんな経営管理を生ませたのなら、とにかく安くしろ！としてきた、我々にも責任の一端があるような気もする。<br>
<br>
今の広東省の問題は、今後中国の発展が新たな段階へと移行する、重要な節目を迎えたことを意味している。これを機に、かつて７０年代～８０年代にかけ、日本企業が示したような、安全性の高い、高度な生産管理体制と経営技術で武装を整えれば、日本にとっても、世界にとっても、再び中国は脅威を感じる国となろう。それまでに、日本はもっともっと力を付けて行かねばならないだろう。<br>
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これでまた一つ、事業が自分の手から完全に離れた。<br>
御仏の弟子となって、真の仏道を歩む。果てしなく遠い道へ。<br>
<br>
頑張りましょう日本人。私ももっともっと頑張ります。<br>
自分の家族は自分で守る。自分達の村や町は自分たちで守る。<br>
県や市も一緒。国も一緒。日本は島国。日本人が日本を守らなきゃ、誰も守ってくれません。<br>
日本に住んでいる以上、いや海外へ逃避したって、日本人である以上、<br>
日本が壊れたら、どこも受け入れてはくれなくなるでしょう。<br>
<br>
思案に暮れていても、何一つ生まれません。<br>
動き出すこと。それだけです。<br>
<br>
これから私は、遊行を続けながら様々な提案、提言をして行きます。<br>
賛同していただける方も居れば、批判される方も出てくるのは必至。<br>
それは自然の摂理。だから、全然構いません。信じてもらえず嘆く必要もない。<br>
ただ、訴えかけていく。行動を起こして行く。それが大事なのではないでしょうか。<br>
<br>
高貴の人や、下賎の人に対して、一遍上人曰く、<br>
「信じなくともいい。騙されたと思って、ただ「南無阿弥陀仏」と唱えよ」と。<br>
<br>
この一遍の「捨ててこそ」の徹底した秘伝は、曹洞宗の開祖・道元禅師の言葉、<br>
「放てば手にみてり」にも相通ずるものがあるように思います。<br>
<br>
［原文］<br>
　諸仏如来、ともに妙法を単伝して、阿耨菩提を証するに、最上無為の妙術<br>
あり。これただほとけ仏にさづけてよこしまなることなきは、すなわち自受<br>
用三昧、その標準なり。この三昧に遊化するに、端坐参禅を正門とせり。こ<br>
の法は、人人の分上にゆたかにそなわれりといへども、いまだ修せざるには<br>
あらわれず、証せざるにはうることなし。はなてばてにみてり、一多のきわ<br>
ならんや、かたればくちにみつ、縦横きわまりなし。<br>
『正法眼蔵』第一巻「弁道話」<br>
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感謝合掌<br>
法蓮　百拝<br>
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</item>
<item rdf:about="http://xn--nnr03fa906r9ibi5br10cw95c.com/archives/915593.html">
<title>吉原弁財天での仏縁</title>
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<description>　浅草・待乳山聖天さまへ参詣するとき、いつも東京メトロ銀座線の一番前に乗車し、改札を出たらそのまま浅草松坂屋の中を抜け、江戸通りを一直線に最短距離で向かっている。

松坂屋を出たところで一服していると、信号の向こう側に隅田公園が見える。この日は趣を変えて...</description>
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<dc:date>2008-08-23T17:37:29+09:00</dc:date>
<dc:subject>都内巡礼</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　浅草・待乳山聖天さまへ参詣するとき、いつも東京メトロ銀座線の一番前に乗車し、改札を出たらそのまま浅草松坂屋の中を抜け、江戸通りを一直線に最短距離で向かっている。<br>
<br>
松坂屋を出たところで一服していると、信号の向こう側に隅田公園が見える。この日は趣を変えて、公園の中を通っていくことにした。　隅田公園は雷門のある通り、吾妻橋から隅田川に沿って言問橋の下をくぐり、桜橋中学校まで続く、超細長い大きな大きな公園。<br>
花川戸一丁目、浅草七丁目、今戸一丁目と色んな町名を跨ぐ。待乳山聖天さまはだいたい中間ぐらいにあろうか。画像の地図が、ちょうど待乳山聖天さまで切れているのは、本龍院から拝借したため。平田ご住職、平にご容赦を。<br>
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<img src="http://www.tctv.ne.jp/matuti/IMAGE/TIZUCL1.GIF"><br>
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<a href="http://image.blog.livedoor.jp/taihei0440/imgs/c/3/c350f67c.jpg" target="_blank"><img src="http://image.blog.livedoor.jp/taihei0440/imgs/c/3/c350f67c-s.jpg" width="160" height="213" border="0" alt="c350f67c.jpg" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a> 言問橋の下をくぐって、橋の袂方向へ左に進むと、戦災者の慰霊碑がある。逆に言問通りに続く言問橋西詰の信号から、隅田公園に入ったらすぐ右側にある。目立つ場所なのに、案内札が小さいせいか、興味のないせいか、素通りしていく人が多い。<br>
<br>
とはいえ、心あるどなたかが、時々は写真のように花を供えて下さっている。最近は隅田川の畔ではなく、この慰霊碑の前でご供養することが増えた。お盆を過ぎてもまだまだ気温は暑い。浅草駅から10分近くツカツカ歩いてきて、ここで立ち止まると、お線香を焚いて袈裟を着けてと、用意している間にも汗が滝のように流れてくる。<br>
<br>
<br>
　読経を終えて、待乳山本龍院へ着くと「浅草七福神」の地図看板が目に止まった。普段は、地図で言うと上の「隅田公園」バス停側から聖天さまへ入って、帰りは下の隅田川へ向かって歩いている。<br>
参拝を終えた後は真っ直ぐに、言問橋へ向かうので気がそっちに行ってるせいか、気にも留めなかったが、この日はなぜか、ここにある浅草七福神の看板が目に入った。<br>
改めて良く見てみる。七福神の中で我が家の信仰と関連しているのは、大黒さまと弁財天さま。まぁ毘沙門天さまも聖天さまを守護されているが、その方はここ、待乳山に居られるし、大黒様は浅草寺だから何度も行っている。<br>
弁財天さまは・・と、探すと、「吉原神社」と書かれた場所にいらっしゃるようだ。ここから差ほど遠くもない。（これも何かのお導きかも知れん、行ってみるか・・）と全く予備知識なしに、気まぐれに吉原弁財天さまを訪ねることにした。<br>
<br>
<br>
　思ったより遠かった。待乳山にあった地図で大体の道を暗記して行ったのだが、途中で間違ってるんじゃないか？と思うぐらい結構歩いた。多分、うろ覚えだから遠回ししたのかも知れない。東京の道は放射状の道が多い。良く調べればきっと近道もあるだろう。ダラダラ歩いてると、目標とした「吉原太門」という、交差点があった。<br>
<br>
　（よしはらだいもん？、ここを左だったな）と横断歩道を渡る。「だいもん」と勝手に読んだが、本来は「よしはらおおもん」と呼んだらしい。吉原歓楽街への正面玄関だったそうな。治安目的は勿論、遊女たちの逃亡を防ぐため、出入はこの大門一箇所のみとされたらしい。遊女たちにとっては正に希望を捨てる地獄の門だったろう。<br>
江戸時代には黒塗り木造のアーチ型楼門が建設され、明治期には2代目となる鉄門が築かれたが、明治44年（1911年）の大火で焼失し、関東大震災を機会に撤去された。<br>
<br>
現在唯一、交差店名として名残を留めるのみとなった場所を左折したところに、「見返り柳」があった。札を読むと、その昔、この柳の下で遊び帰りの客が後ろ髪を引かれる思いを抱きつつ振り返ったという。（ふーん・・後ろ髪？）馴染みの遊女への情か？はたまた遊び足りないのか？そんなことを思いながら、先へ進んだ。交番で訊くとこの道沿いの左側に弁財天さまはいらっしゃるとのこと。もう少しだ。<br>
<br>
<br>
　みるみる廻りはソープ街と化していく。そりゃそうだ、ここは吉原。日本一のソープ街。ちなみに現在は「吉原」という地名はない。1966年まで存在していたそうで、現在は住居表示の実施により、台東区千束三丁目、四丁目あたりか。近隣には日雇い労働者が集まる地域である山谷がある。大阪でいえば、愛隣地区だな。ミナミの帝王にも登場する日本最大のドヤ街・寄せ場であり、日本で唯一暴動の起きる人間がいる場所でもある。<br>
<br>
話しは逸れたが、元々の吉原自体もこの場所ではなく、日本橋にあった吉原遊郭が移築されたらしい。以来、昭和33年までの300年間にも及ぶ遊郭街「新吉原」の歴史が始まり、特に江戸時代にはさまざまな風俗・文化の源泉となった。多くの文学小説あり、新しいものでは「さくらん」など映画化も多い。<br>
ここに来るのは７年振りか・・以前、川崎で成功し吉原へ進出してきたソープ経営者の事業家に招待され、開店祝いに来たことがある。最近交友が途切れてはいるが、彼の店はまだ頑張っているのだろうか・・。そのときは車だったし、どこだか覚えてない。<br>
2006年からポン引きが禁止されているが、お構いナシに店頭に何人も立っている。まさか、坊主頭の作務衣を着た白い鼻緒の草履を履いた自分を呼び込むヤツはいないだろうとスイスイ歩いてると、「どうですか？社長！」「可愛いコ、今なら案内出来ますが・・」なんと、声をかけてきた男がいた。彼の客を選ばぬ営業根性に思わず拍手！「また今度ね。」（笑<br>
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<a href="http://image.blog.livedoor.jp/taihei0440/imgs/d/e/de075af5.jpg" target="_blank"><img src="http://image.blog.livedoor.jp/taihei0440/imgs/d/e/de075af5-s.jpg" width="160" height="120" border="0" alt="吉原弁財池" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a>　ぐにゃ～っと右曲がりのカーブを下ると、右手に吉原神社があった。が、交番でも待乳山の地図でも、吉原弁財天は左側にあると云っていたので、ここはパスして進んでみた。すると、少し先に小さな囲いがあった。<br>
<br>
この画像は、入り口に立てられた札。<br>
クリックして拡大して読んで欲しい。読んで愕いた。まさかここにそんな悲惨な歴史があったなど知らずに訪れたのだが、呑気な参拝気分が吹っ飛んでしまった。何の気なしに来たのだが、聖天さまがここを供養しろという思し召しだったのか。しかし、このあと、それ以上の衝撃を垣間見ることになった。<br>
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<a href="http://image.blog.livedoor.jp/taihei0440/imgs/5/4/542e3524.jpg" target="_blank"><img src="http://image.blog.livedoor.jp/taihei0440/imgs/5/4/542e3524-s.jpg" width="160" height="213" border="0" alt="542e3524.jpg" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a>　中へ入ると中央にそびえるように立つ、観音像がある。その周囲に小道があり、ちょうど観音像を一周出来るようになっている。観音さまの足元には沢山の供養物や、花束が供えられている。お線香も用意されていたが、言問橋での供養用に自前のお線香を持ち歩いていたので、それを取り出した。袈裟を掛け読経する。<br>
<br>
<br>
　ご供養を終えて、しばし佇んでいると、初老の男性から声を掛けられた。<br>
「お坊さんでらっしゃいますか？」「はぁ、まぁそうです。こんにちわ。」面倒なので細かい説明は避けた。この男性はわざわざ、田園調布から毎週お参りを兼て、この弁財天の清掃や管理に訪れているのだという。<br>
<br>
ここは一応は吉原神社の管理となっているが、実際のところ、清掃やお線香、ろうそくなどの管理はみな、有志の方々が手弁当でご苦労されているらしい。さっき、自分が自前のお線香をあげて経を読んでいたのを見ていたらしく、「お坊さんが来てくれるのは珍しい」とか何とかイイながら、境内というには狭すぎる中を色々説明しながら案内してくれた。<br>
<br>
<br>
　かつてここにあった、弁財池で溺れた遊女のことに話が及んだ時、色褪せた一枚の写真とボロボロの週刊誌を見せてくれた。その写真は夥しい遊女達の死体が浮かぶ、弁財池の写真だった。彼のお爺さんが写真愛好家だったらしく、この写真を撮ったのだそうだ。彼曰く、関東大震災の直後になぜ、彼のお爺さんが吉原へ走ったのか、その理由は定かでないらしいが（笑。<br>
<br>
とまぁ、少し冗談でも入れないと正視しかねないような死体の写真だった。<br>
しかも、その写真を週刊誌に投稿したのは彼自身だそうだが、その記事には上の立て札にはない衝撃の事実が書かれていた。<br>
震災による火災から身を逃れようと池に飛び込んだのは、書いてある通りだが、なぜここへ遊女たちが集中したのか？直接の死因はみな、圧死や溺死だったそうだ。なぜ。５００人もの入りきれないほどの遊女が次々と飛び込んだのか？<br>
<br>
火災を気に足抜けを危惧した、番頭たちが吉原の門を全部閉めてしまったらしいのだ。閉じ込められた遊女達は燃え盛る炎から逃れる手立てはここしかなかったのだ。その事実を後世に伝えようと、彼はお爺さんの残された写真と共に投稿を決意したのだそうだ。しかしなんという番頭たちの馬鹿さ加減。足抜けもなにも、死んだら何もならないではないか。「商品」という言い方は失礼だが、売る物がなくなってしまえば、御まんまの食い上げではないか。それとも江戸商人らしく、「商品」よりも「大福帳」を優先したのか。ならば、なぜ閉じ込める必要があった？「商品」が他人へ流れるぐらいなら燃やしてしまえってか？<br>
<br>
<br>
　怒りよりも、平然と行なわれていた人身売買によって、縛られていた遊女達の悲惨な死にいたたまれなくなった。江原啓之がこの地をスピリチュアルスポットとして紹介し、「女性の願いを叶える」というパワースポットのように表現されたこともあって、今では多くの女性が参拝に訪れるというが、彼女たちがこの事実を知ったらどう思うであろう。それとも、５００人の遊女たちの無念の思いが、自分達が掴みきれなかった幸福を現代の女性に託しているのだろうか。<br>
<br>
　初老の男性はいつもなら、毎週日曜日にここを訪れているらしい。<br>
明日が雨だという予報を聞いて、たまたま今回は土曜に来たのだという。自分もたまたま時間があって、たまたま隅田公園から聖天さまへ行って、たまたま七福神の看板を見て来たのだ。でもこれが偶然という名の必然なのだろう。会うべくして彼と会い、知るべくして知ったということだと思う。<br>
<br>
そして彼もいつも待乳山聖天さまへ参り、そのあと、浄閑寺を経由してここへ来るのだという。浄閑寺は投げ込み寺と称され、吉原で亡くなった遊女たちが投げ込まれた寺だそうだ。１８５５年の安政の大地震の被災者と吉原で亡くなった遊女を一穴になげるように埋葬したことからつけられたそうな。身寄りや引き取り手のない遊女の埋葬地だったそうで「生まれては苦界。死しては浄閑寺」と川柳にうたわれたこともあるようだ。文学作家の永井荷風が遊女達に同情し、このためこの新吉原総霊塔の前に文学碑があるという。今度は浄閑寺にも足を伸ばして参詣してみたい。<br>
<br>
結局、この初老の男性とは浅草駅まで一緒に歩き、帰り際に浅草の様々な歴史や見所まで案内して頂いた。うっかりお名前を伺うのを忘れてしまったが、また日曜日にでも吉原弁財天を訪ねてみたいと思う。<br>
<br>
<br>
～編集後記～<br>
そうそう、この吉原弁財天には、あの家田荘子さんもいらっしゃったそうな。<br>
「長くお経を唱えて下さった」と初老男性から聞いて、（家田さんがお経？）と不思議に思ったが、なんと彼女も出家していたそうな。<br>
・・・アレ？知らんかったのは自分だけ？　みなさんご存知だった？どーも芸能に疎いもので。<br>
しかも、自分と同じ高野山真言宗だった。しかも2007年11月に伝法灌頂を受け阿闍梨になってる。去年の11月といえば、自分が四国歩き遍路に出た同じ月。しかも高野山大学大学院・文学研究科密教学の現役学生。おーまいがー。<br>
<br>
ぎえっ、ウルトラ大先輩やん。・・・<br>
むふふ、ならば話しは早い。<br>
実は現在、進行中の救済事業の一環として、特に女性支援に力を入れているのだが、その講演活動に彼女とコラボ出来たらいいなと思って動いている。是非実現したいので、日々精進精進せねば。<br>
<br>
<br>
感謝合掌<br>
法蓮　百拝<br>
<br>
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</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://xn--nnr03fa906r9ibi5br10cw95c.com/archives/902049.html">
<title>祝！　虚空蔵求聞持法　７０万遍！</title>
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<description>　また暫らくのご無沙汰になってしまった。
この１０日間も皆さんにお伝えすべく、様々な変動や気付きと仏縁を得た。
ダイジェストすると、１０日には知人の主宰する金融セミナーへ出向いた。彼はあの９１１テロのワールドトレードセンターの１０５階で、世界で６人しかい...</description>
<dc:creator>taihei0440</dc:creator>
<dc:date>2008-08-19T17:19:49+09:00</dc:date>
<dc:subject>虚空蔵求聞持法</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　また暫らくのご無沙汰になってしまった。<br>
この１０日間も皆さんにお伝えすべく、様々な変動や気付きと仏縁を得た。<br>
ダイジェストすると、１０日には知人の主宰する金融セミナーへ出向いた。彼はあの９１１テロのワールドトレードセンターの１０５階で、世界で６人しかいない日本人の一人として、トップデリバリートレーダーやＣＦＯ（財務役員）の経験を持つ、金融業界のプロフェッショナルである。<br>
同じ大阪を同郷とする彼の講演は、小技も随所に効いていて大変楽しくプロの金融知識が学べる。半年振りに彼の顔を見たかったのも、彼のプレゼンテーションスキルや豊富な金融知識が、今後の救済事業に大いなる力となるであろうし、何よりも彼に惚れこんでいるところは、彼の大義名分である「知識の希薄な大衆から金を巻き上げる、利益優先の日本の金融業界が許せん！」と、大手金融機関に宣戦布告をしていることである。<br>
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税金もそうだが、保険にせよ、銀行や証券会社にせよ、知識がないだけで奴らにいいように食い物にされてしまう。そのほとんどは善良な一般大衆である。長く金融業界に身を置きそれを痛感した彼は、少しでもそんな方々が大きな損失を出してしまう前に、知識武装して大切なお金を守る方法を全国のセミナーで説いている。しかも、彼の講演は一切無料である。在り得ない価値の内容を無償で提供してくれるのだ。<br>
彼の経験と知識なら、例えば流行のＦＸなど幾らでも適当な内容で情報商材を作れば、簡単に５０００万ぐらい稼げるだろう。しかし、彼は私利私欲に走らない。そこが男気である。<br>
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なぜなら、巷に溢れるＦＸで儲ける方法を教える情報は幾らでもあれど、実際は損害を出しいる人の方が多い。では、どうやったら損を出し難いか？プロはどうやって実際にリスクを避けて本当に稼いでいるのか？ 彼が作るなら、そんなにわか投資家の立場に立った、質の良いものを作るだろう。しかも彼のことだから、もしかして無料かも知れない。実現すれば金融界のみならず、ネットビジネス界にも強烈なインパクトを与えるに違いない。<br>
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彼とタッグを組む、ドイツ語と英語を自在に操るＴ氏もまた素晴らしいスキルを持ち、とても誠実な青年である。二人とも共通の知人であるが、彼らの運営する金融に関してのホームページがある。特にお子さんのいらっしゃる方は、非常に有益な情報が無料で手に入るので是非アクセスしたら如何であろう。ざっと読むだけでも相当勉強になる。無料レポートや無料メルマガもサイト内から申し込める。ご連絡下されば直接ご紹介も可能である。<A HREF= "http://moveandinvestmoney.xrea.jp/cat4/post_5.html"target=blank>『常識は非常識！？あなたの知らないお金の上手な使い方』</A><br>
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続いて翌１１日には、三重院での滝修行。<br>
前にお知らせした８月５日から行なわれた、ひとなぬか夏季特別滝修行の最終日に行ってきた。村上円信副住職にお会いするのも四ヶ月振りだった。この日は同じ群馬県の太田市から、４０代のご夫婦も連れ立って参加していた。在家でも信徒でもなさそうだったので、体験修行に来られた方のようだが、先に行なわれた山伏修行にも参加されていたようだった。一般の人もそういった機会で心を洗い、自然の中で自分を見つめ直すのも大変良い気付きが得られると思う。そういった意味においても、宗派や在家、僧侶を問わず広く一般に修行機会の門戸を開いている、村上円信副住職も今の歪んだ世に貢献すべき尽力されているお一人だと思う。<br>
<br>
ひとなぬかの間、毎日全て異なる滝を案内してきたそうなのだが、偶然最終日は前回自分が行ったのと同じ、「人影の滝」（不動の滝）だった。「あれ？前もここだっけ？」「最後はここって決めてたからねぇ」と副住職。いえいえ、それ故理由があって最終日のとりに選ばれる滝なら文句もあろう筈がない。逆に嬉しくも思えた。今回は日帰りなので、前回のように前日の夜に井戸の水を浴びて水行することはなく、集合からすぐに滝へ向かった。<br>
あれは本当に滝の数倍冷たかった～　<br>
「人影の滝」の場所など、ご興味ある方は三重院での<A HREF= "http://xn--nnr03fa906r9ibi5br10cw95c.com/tag/%BD%A4%B8%B3%C6%BB%BD%A1%A1%A6%BB%B0%BD%C5%B1%A1"target=blank>過去記事</A>をご覧下さい。<br>
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副住職⇒ご夫婦⇒自分と、四番目に滝に入る順序だった。<br>
前回の４月より当然水温は高く、一層の爽快感を期待していた。しかし一度目に入った途端、轟音と共にバットで頭を連打されるような激しさに、爽快感どころか頭を避けて肩に当てようとするので精一杯だった。<br>
水流が強いのか？ 気合が足りないのか？ 二度目は副住職が滝の中心部で浴びたあと、反対側に出たのを見て、（あぁ、そういや前はあっち側へ出たっけな。中心の方が浴びやすいのか？）そう思い、真ん中へ飛び込もうと決めていた。ところが、先のご夫婦のうち奥さんが激しい滝に押されて前につんのめり、沈んで浮いて来ない。隣にいたご主人より先に（笑　駆け寄ろうとしたが、なんとか自力で這い出してきた。すると続いて入ったご主人も同様に前に吹っ飛ばされた。<br>
<br>
水流が更に強くなったのか？ お二人とも滝は初体験である。経験者の自分まで流されるワケに行かない。さっき決めたように、滝の中心部へ行ってしまえば大丈夫だろうと飛び込んだ。ところが、自分まで激流に呑まれた。前回は平気だったのに鉢巻で締め付けてあったメガネも吹っ飛び、足元が全然見えない。<br>
キックボクシングの後遺症もあり、極度に目が悪いのだ。中心部へ必死に歩こうとするも空しく、落としたメガネに気に取られて、もろに真横から激流を浴びてしまい、右へ大きく流された。<br>
<br>
これにはアッタマに来た。<br>
本当に気合が足りないのか？足腰が弱くなってるのか？昨日、セミナー後の懇親会で飲みすぎたせいか？ 「くっそ！」恥を隠すように、流されていく鉢巻は追いかけたが間に合わず、皆さんも一緒に探してくれたがメガネも見つからない。三度目も中心部へ行こうとトライしたが、やはり激流に勝てずに引き返して端の位置でその分長く浴びた。<br>
終わって、副住職が枝にひっかかっていた鉢巻を拾って下さった。どうしても中心部へ行けなかった、足元をすくわれた悔しさが拭いきれず、その無念さと、どうしたら中へ行けたのかを副住職に訊いた。彼の回答は穏やかで優しい。身長もそれほど高くはなく細身の彼は、体育会系の無骨さや横暴さはなく、激しい修行を日々こなしていても物腰も繊細である。<br>
<br>
滝の帰りにお決まりの温泉へと山道を走る。<br>
ここでも思ったが、彼の車の運転のスムーズさである。そこそこスピードは出ていても、決して乗っていて身体が前後左右に不快に揺られることはない。粗暴な自分はこういった運転がとても苦手だ。阪神高速や首都高の合流車線を真横に滑らせるのは大好きだったが、こんな優しい運転は出来ない。<br>
若いころ、丁稚奉公の恩師の運転手をしていたころも良く怒られた。そんな話しを彼にすると、彼もまた京都で修行中に住職を乗せて走る際、手にコーヒーを持っていても零れないような運転を心掛けたという。ほぉー。そりゃスゴイ。彼の繊細さがなせる技であろう。相手を労わる気持ち。きっと女性の扱いも同じなんだと修行中に不謹慎なことを考える（笑。　その点でも自分は、「もっと優しくしてくれないの？」「愛がないな～」としか云われたことがない（爆。<br>
<br>
次が16日の事業撤退報告。<br>
12の事業を4社でまとめる、我が社のグループでひとつだけ、FC（フランチャイズ）事業があった。FCの仕組みや小売の勉学のためにと関わったが、やはりFCはどこまで行ってもFCはFC。つまり、胴元である本部が損することなく巧妙に仕組まれている。当たり前と云えばそうだが、不動産でも何でも契約書は作成側に有利となっている。全国で訴訟が絶えないのも頷ける。<br>
<br>
確かにFCは小資本で大きな市場を共有できたり、全て自前で始めるよりはリスクも少ないと云うメリットがある反面、加盟店側の収益は乏しく経費も大きい。その利益はせいぜいひと家族が食べて行けるのがやっとではないか。脱サラで商売を始めたい人や、夫婦で生業（なりわい）として捉えるならいいが、事業としての旨みはない。実際、FC加盟店でミリオネアになりましたって人の本など見たことないだろう。これから加盟を考えている人はご考慮されたし。相談なんでも乗るよ。勿論無料。<br>
<br>
ということで、7年やってきたFC契約を残り3年で中途解約した。<br>
二年越しの根廻しや交渉も実ってか、はたまた聖天さまのご利益か、違約条項に抵触することも紛争に発展することもなく、無事解約に至れた。<br>
同月9日は、この店舗での最後の花火大会のイベントのため、また今までお世話になったお客様への恩返しのつもりで、何年かぶりに前線に立って長時間の接客を楽しんだ。<br>
このFC店撤退を機に、今後四つの会社もそれぞれ分割譲渡することに決めた。今までの自分が築いてきたものは、今までの自分が歩んできた道。それと完全に決別して、ゼロから救済事業に打ち込んで行きたいためだ。また救済事業へ注入する資金を確保するためでもある。そのため何だかんだと忙しい。<br>
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さて、こっからが今日の記事。<br>
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長すぎるダイジェスト。ちっとも要約になってない（笑。<br>
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実はゆうべ、徹マンした。と云っても、マージャンではない。<br>
あ、自分はパチンコ、マージャン、競輪競馬は一切やらない。呑む打つ買うの、打つはしないのか？ そうではない。自分は博打打だと思ってる。株だって投資だってある意味ギャンブルと同じだ。博打は手本引きやバカラなどレートが高く、勝ち負けがデカイのが好きで昔はよくやった。ラスベガスも大好きだ。どうせなら人生を賭けるような博打がいい。<br>
パチンコをやる方を批難はしないがお止めなさい。あんなゲーセンと変わらない雑音の中で、決して座り心地も良くない小さな椅子で長時間遊んでも、大して勝てないでしょう。その時間とお金をもっとお金を産むことに使った方がいいですよ。<br>
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なんの話しだっけ？<br>
そうそう、徹マンの話（笑　徹夜でマントラを唱えること。自分の場合は、勿論、虚空蔵求聞持法。<br>
実は滝修行に行ったときに、副住職に「何遍行ったんだい？」と訊かれたときは、６８万遍だった。「よく一年以上続けてるな～」と褒めてはいただいたが、恐縮してしまった。なんのことはない。ただ、毎日必ず何遍と決めてないから、ダラダラ時間がかかっているだけである。滝のあともカウンターを失くしたり、車の移動時は同乗者がいて会話が多かったりと全然進んでなかった。ついつい怠ってしまいがちだ。思い切ってたまに徹マンするのもいい。<br>
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また、これに至る寸前の、激闘五時間の大口論が引き金ともなっているので、女房にも感謝したい。出家して、世の中や人様のことを救いたいと一心に物事をすすめていると、つい、自分が外道だったことを忘れてしまう。しかし、唯一自分が鬼畜生だったことを思い出せてくれるのが、ある意味女房である。有り難いと同時に、その外道へ舞い戻らそうとするのもまた女房である。<br>
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支離滅裂な感情論を振りかざす彼女の話しに耳を貸しながらも、（あぁ、こうやって、以前のように大きな声を出さずに、聞いてやる態度をとれるようになったのも神仏のおかげだな・・）と思える。<br>
「今まで自分がしてきたことって、いつも脅しか切り捨てのどっちかじゃない！」<br>
・・・確かに、おっしゃる通り。筋金入りの外道やね～（笑。しかし、いい加減延々それが続くと堪忍袋の緒が切れそうになる。<br>
自分が人にされて最も頭に来る二大要素。<br>
それは誰であろうと指図されることと、時間を無駄にされること。仏道を歩み出しても、こればかりは性分なのでどうしてもしのび難い。が、そうやって時間を潰されたおかげで、胸糞悪くなって眠られず徹マンに及んだのだから、良しとするか。ワシってやっぱり前向きじゃ（笑。<br>
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午後11時半から始めて午前4時半過ぎまで約五時間。<br>
最初はベランダで一万遍やった。今月は17日が満月の日。いつものように、満月行をしたかったのにずっと曇り空。この夜も雲ってはいるものの、厚い雲の向こう側から明るい月の光がぼんやりと映りこみ、照明を付けずとも数珠の数が見えた。後半は仏前でろうそくの灯りだけで。その内、遊びに行ってた息子が真夜中に帰ってきて、暗闇でブツブツ唱える、袈裟を着けた親父にひっくり返りそうに愕いていた（笑。<br>
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結局合計、二万遍。70万遍を突破した。<br>
ついに三分の一を切った！やったー！もうゴールは見えた！<br>
虚空蔵求聞持法やマントラ行を長くやるときは、二三千遍に一度の割合で一服したり身体を動かしたりした方がいい。増して深夜だと、マントラ独特な睡魔に襲われる。途中、時計を見て大雑把に計測したら、千遍で10分だった。ってことは、100遍が一分。1遍は平均0.6秒。一秒切っている。以前計ったときは、千遍に20分要していたので倍にスピードアップしている。出だしやキリのいい終わり際などではスローダウンするので、最速時は0.6秒/遍を越えているはずである。それに数珠は100ではなく、108あるので厳密にいうと0.55秒/遍が本当なんだけどね。なので一度の息継ぎで以前なら20～25ぐらいだったのが、今回は40～50ぐらいまでイケた。<br>
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「なんやぁ～その気になったら、二万遍ぐらい一晩で出来るやないかい」と思いつつも、これが毎晩というワケにはいかない。ただ、今回の実績はまた自信にも繋がったので、残り30万遍、徹マン15回分。100万遍まではそう遠くないと思えた。<br>
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<a href="http://image.blog.livedoor.jp/taihei0440/imgs/5/4/546a2e86.jpg" target="_blank"><img src="http://image.blog.livedoor.jp/taihei0440/imgs/5/4/546a2e86-s.jpg" width="160" height="213" border="0" alt="546a2e86.jpg" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a>　マントラを終えてシャワーを浴び、5時過ぎからお給仕をして、花の水を替える。<br>
我が家は今年からエアコンを付けていないので、日中暑いせいか榊や佛花がすぐ枯れる。<br>
分かり難いかも知れないが、画像の榊も、本来交換は１日と１５日だけなのだが、傷んでるしお盆前だしと、替えたばかりなのにもう茶色の葉だらけになっている。７時半に勤行を終え、息子を起こして仕事へ行かせ朝食を食べ、ソファで寝て起きたら午後一時だった。ちゃんちゃん。<br>
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]]>
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</item>
<item rdf:about="http://xn--nnr03fa906r9ibi5br10cw95c.com/archives/886473.html">
<title>不動寺内々陣での勤行／仏性に目覚めるパラダイムシフト</title>
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<description>　５：００ＡＭ。
東の窓から、まるで唄のような真っ赤に焼けた太陽が昇り始める。家中の窓を開けている、ほんの僅かな間にも太陽はドンドン大きくなって、オレンジ色に変わった眩しい光を我が家にも差し込んでくる。真言密教の教主、大日如来は読んで字の如く、大きな日の...</description>
<dc:creator>taihei0440</dc:creator>
<dc:date>2008-08-08T01:01:16+09:00</dc:date>
<dc:subject>即身成仏への道</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　５：００ＡＭ。<br>
東の窓から、まるで唄のような真っ赤に焼けた太陽が昇り始める。家中の窓を開けている、ほんの僅かな間にも太陽はドンドン大きくなって、オレンジ色に変わった眩しい光を我が家にも差し込んでくる。真言密教の教主、大日如来は読んで字の如く、大きな日の輝き、太陽のこと。留まることなく、毎日繰り返される自然界の営み。その森羅万象の働きの中に、大宇宙の生命とも言える「大日如来の慈悲」の営みも存在し、御仏の真理を悟らせようとする働きかけを、「法身説法」と弘法大師は説かれた。地球誕生から４６億年、この宇宙的な時間を一週間に例えると、文明を持ち得た我々人類の歴史など、まだたったの一秒しか経っていないそうだ。参照：<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4569569277?ie=UTF8&tag=clubbillionai-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4569569277">宇宙は謎がいっぱい―ビッグバンから人類の未来まで (PHP文庫)</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=clubbillionai-22&l=as2&o=9&a=4569569277" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /><br>
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　そんな、まばたきほどの瞬間に、人は愛し合い、憎みあい、癒しあい、傷つけあい、奪い合い、助け合う。貧乏人も金持ちにも、同じように朝日は訪れる。一日２４時間と云う、この星の時間も同様に、苦しんでいる人にも、楽しんでいる人にも、全ての人に与えられし絶対無比の平等。この瞬間にも、新しい命が生まれ、同時に寿命尽きた命は天に召される。人は生まれた瞬間から、死ぬことは義務付けられている。老いることからは逃れられない。だからこそ、人の命は尊きもの。<br>
父母より授かりしアナタの生命は、宇宙で唯一つの存在。アナタが今日、輝くのか否か。アナタが今、幾つであられても、これからの人生だって捨てたもんじゃないですよ。アナタ自身、尊いたった独つの生命体なのです。そう思えたとき、自分以外の他の誰もが、同じように尊い存在なのだと思えるのではないでしょうか。これが、自分の座右の銘、『天上天下唯我独尊』における、自分なりの意訳であります。<br>
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　我が家のご本尊、諸尊、神様への朝の勤行は、少々お待ちいただいて、久しぶりに、ご近所の不動寺の勤行に参列させて頂こうと出かけた。まだ６時前なのに、熱心な檀家さんのお婆ちゃんが境内の掃除を、他にも男性が数人、墓地の手入れをしている。「早くから精が出ますね」挨拶を交わして、修行大師像の前に立つ。以前も書いたが、四国歩き遍路においても、数多くの大師像を見てきたが、この不動寺の大師像は、穏やかなその表情の中に、鋭い眼光が抜きん出て目立つ大師像である。<br>
本堂前で向側の聖観音像と向き合い、大師像は真西に向かって立たれているので、朝日を背にしているにも関わらずに、その瞳からは眩い光が放たれているようにも見える。入り口の六地蔵像、女人講、それぞれにお線香をあげ、ご挨拶して廻る。歩き遍路に出る前は、これを毎朝やっていたものだ。特にお大師さまへは、「どうか、お四国へお導き下さい」と毎朝懇願していた。結果、半ば準備不足の見切り発車ではあったが、兎にも角にも四国遍路へ旅立てた。<br>
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<br>
　そうこうしている内に、本堂の端から窓が開き始めた。<br>
橋爪住職が東側に内部が続いている、自宅から本堂へ入られたようだ。入り口の大扉でじっと待つ。ガラリと扉が空いて、ご挨拶すると、「おぉっ、暫らくだねぇ。上がってな。」とご住職。「有難う御座います。」と本堂へ上がらせていただく。この不動寺のご住職は代々続く、高野山真言宗の家系で、先代住職やお兄さんは品川の高野山東京別院などの役員をされたりと、幹部内情にもかなり詳しいが、三男である現住職はとても気さくで、ズバズバものを云う、非常にラフなご気性で親近感がある。だから？　朝の勤行時も法衣はいちいち着ていない。作務衣にいつもタオルを首にかけている。ん？そう云えば、法衣を着ているところを見たことがないかも知れない（笑　しかし、相談すれば何でも親切に、ぶっちゃけ話しまで教えてくれる。<br>
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たまに息子さん（副住職）もいらっしゃるのだが、この日はお一人。<br>
堂内のそこらじゅうに、線香と灯明に火を燈していく。ここの本堂は非常に広い。祭壇前の外陣だけでも１５畳、これが東西に同様に繋がっているから、これでもう４５畳。裏にも位牌堂がある。デンデンと堂内を忙しく歩きながら、「これが結構～大変なんだよ。これだけで十五分ぐらいかかっちまわー」とご住職。「お手伝いしますよ」と、広い堂内を手分けして大師坐像などに線香と灯明を燈していく。<br>
<br>
作業を進めながら住職が訊く、「ところで、またどっか廻ってきたんかい？」巡礼や遍路のことである。「ハッ。愛染霊場を少し・・」「愛染霊場？」歴史も浅い霊場なので、ご存知ないようだ。「はい、西国の愛染明王を祀るお寺を巡る霊場です。」そう説明したら、今度は「愛染さんて、強ぇーけど怖ぇーんだぜ」ときた。群馬弁丸出しの話し方が、ご気性と相まって尚気さくさを増す。<br>
怖いとは？聖天さまなら分かるが・・「どうしてですか？」と聞き返すと、なんでも、愛染明王は明王の中でも極めて霊験が強い、（それは知っていたが）、東京別院から本堂を長野県諏訪市の仏法紹隆寺（ぶっぽうしょうりゅうじ）へ移築する際、三億の費用がどうしても捻出出来ずに、困っていた当時の住職が、女房、子供を捨てて、（一旦、離れて）修法を行じ一心不乱に祈ったところ、三年後に無事全額を工面出来て移築したと言う。<br>
（あれ？　愛染さんて、女人救済随一の明王なのに、ナンで離れさせる？）と、聊か疑問に思ったが、まぁとにかくそんな実話があるらしい。男が愛染明王に増益に関するご利益を求めるは、そういった犠牲が伴う修法が存在するのだろうか？バタバタしてて、そのときはそれ以上訊けなかった。次回にでも追って詳しくお話しするが、今懸命に取り組んでいる事業の根幹は女人救済事業。愛染明王のご誓願を今一度、詳しく調べてみる必要がありそうだ。<br>
<br>
　「今、お経は何読んでんだい？」準備がほぼ整ったところで、そう訊かれた。<br>
「はい、朝は理趣経、愛染経、大黒天神経、観音経偈門、十一面観音陀羅尼、大聖歓喜天使咒経です。」「はぁっ？　そりゃー長ぇなー　そんなに読んでんかい？」「それじゃあ、時間かかるだろ？」「はぁ、朝は一時間半ぐらいですか」「ふぇー。なら、今日はどうすっかな。観音経は昨日読んだし、よしっ理趣経読むかぁ」「ハイ、是非お願いします。」「でもなぁ。そもそもオレァ、お経嫌ぇなんだよ」と、正直な住職。それは以前も聞いたことがある。やっぱり本当に嫌いなんだ。（笑<br>
その代わり御詠歌がお好きで、何度か聴いたことがあるがとてもお上手である。「お経の声は出ねぇーが、御詠歌は出るんだよ。声の出し方が違うんだな」と云う。自分にはその違いが完全には分からないが、しかし、どー考えても絶対、お経よりご詠歌の方が難しいと思うが。<br>
<br>
　ポーンと一つ、分厚い座布団を投げてくれて、「そこへ座んな」と云われた。<br>
いつも、外陣で勤行に参列させて貰っていたが、そこは護摩壇の目の前、内々陣もいいところだ。これは光栄だ。有難く詰め寄らせていただく。１０cmぐらいの分厚い経本を渡され、「んじゃ、理趣経ね。開経偈から。」「ハッ。」アレ？五体投地もなし？（笑　いきなり、開経偈から始まった。歸命毘盧遮那佛(みょーびーるしゃなー)　無染無着眞理趣(むーぜーん)　生生値遇無相繁(しょーじょー)　世世持誦不忘念(せーせー)　弘法大師筯法樂(こうぼうだいしー　ぞうほうらーく)　・・・・<br>
う～～ん、いい感じだ。自宅での勤行と、本堂でしかも内々陣での勤行はこうも空気が違うのか。そう思いながら、初段を終えたとき、「はい、ここでお終い。次はね、菩薩勝慧者(ほさっしょう　けいしゃ)　からね。」（え？　それって、理趣経百字の偈　やがな。そんなに素っ飛ばすんか？）　「中抜きって云ってな、夏は暑ぃーから抜いて読むんだよ」って、ホンマかい！？（笑　理趣経百字の偈　は、十七段のあとにある。二段目から十七段まで、そんなにワープしてもいいんかい？　しかも理由が、「夏」だからってのが面白い。まるで短縮授業。これが理趣経サマーバージョンか。<br>
<br>
　お経は本当にそれだけだった。御真言も１０ぐらいを全部三遍づつ、確か弘法大師御宝号だけを七遍唱えたような。だから、あっと云う間に終わった。そのあとの、「○○○のために～」と云う、回向がどこそこの、傳燈大阿闍梨○○とか、檀家さんのためとか、一門のためとかと、数分続いて終わった。<br>
お経が終わって、「まだ、時間あるかい？」「ハイ」と答えると、「よしっ、じゃあご詠歌歌おう」「オレだって、大体一時間ぐらいはかけてんだけどね。いつもご詠歌唄ってんだよ」そうおっしゃるので、「是非、聴かせて下さい」とお願いした。ご詠歌は自分は歌えないが、聴くのは大好きだ。なんというか、洗練された演歌といおうか、民謡のようでもあるし、兎に角、日本人の魂に響くようなリズムと、ゆったりした歌い方が心が洗われるようで、とても好きなのだ。<br>
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「金剛」「世尊」「弥勒菩薩」など、様々なご詠歌を沢山唄って下さった。ご住職は、この不動寺でご詠歌を在家に教えるクラスも持っているが、「婆さんどもは覚えが悪くってどーしょーもねぇから、こんなのは勿体ねーから教えねーんだ」と云う（笑。「だって、難しいですよ私らでも」見たこともないような、音符の変形記号は全く理解出来ない。聴きながら附を追って、少しでも解読しようとしたが、やはり難しい。増して相手がお年寄りじゃ、まぁそれも致し方なかろうとは思うが。遍路や巡礼でも、各寺のご詠歌があるが、全て棒読みだった。いつかは覚えたいが。多分、四度加行で強制的に習うだろうから今は聴くだけでいいや。<br>
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　ご詠歌が終わってから、位牌堂へも案内して下さった。<br>
数段になった棚に、幾つもの位牌が並んでいた。そこに並べられた灯明の火も全部消していく。「ろうそく作りもしなきゃなんねーんだよ」溶けた蝋を集めて、減った灯明の中に注いでおけば、冷めれば繰り返し使用できる。「光堂ろうそく」と云う、このろうそくは、周りが溶け難くく、中だけが下がっていくタイプの、表面に「南無大師遍照金剛」と書かれた大きな灯明である。<br>
そのため、風にも強く消え難い。説明書には８０時間と書かれているが、二つ以上買って、一つを一度使い切ると、先ほどのように新しいろうそくの溶けた部分を足して行けば、繰り返しかなり使えて結果とてもお得なろうそくである。そのため、予備の替え芯が幾つも同梱されている。他にも、般若心経や観音経、南無阿弥陀仏・南無妙法蓮華経・南無釈迦牟尼仏　など6種類が書かれたものもある。唯一、京都の<A HREF= "http://www.zaikiya.co.jp/goods/000618.html"target=blank>財木堂</A>で売られている。ネットでも買えるよ。一個１５７５円。五千円から送料無料。<img src="http://www.zaikiya.co.jp/options/inexttcs/DbImage.asp?s=3&f=2&w=2&w2=618" align="left"><br>
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　これは自分もよくやっているので要領は分かる、お手伝いしていた。<br>
亡くなられたばかりの方か、箱に収められた遺骨が二つあった。「焼いた骨は臭くなるから、窓を開けて線香を焚いとくんだよ」「だから、四十九日以上置いておくんじゃねーって云ってるんだ」「あははっそうですかぁ」（いいんかい？檀家さんにそんなコト云って（笑）「それにしても沢山の位牌がありますね」「みんな、作り変えたヤツだから、燃さなきゃなんだよ。溜まっちまってるけど」（燃すじゃなくて、御焚き上げでしょ（笑）本当にここの住職は面白い。<br>
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　「これからメシ喰ったら、草むしりだ。結構やること一杯あるんだよ。」「長々と有難う御座いました。」結局、なんだかんだと６時前に行って二時間以上。不動寺を出たのは８時を廻っていた。以下は、不動寺でのお大師様に話しかけた言葉、そのままである。「お大師様、お久しぶりです。」「まだまだ精進が足りませんが、お蔭さまで随分と、人様のお役に立つことに、心を分けるようになりました。」「しかし、多くの人様を救うには、まだまだ力も智慧も足りません。」「どうぞ、御仏の智慧を、言葉を、行動を、何よりも御仏の心を貸し与えて下さい。」<br>
この最後の願文は、最近の勤行でも中心的な願いとなっている。<br>
なぜなら、理路整然な会話術をマスターするより、心理学を駆使したテクニックより、やはり人の心を動かし訴えかけるものは、一点の曇りのない、自分の心そのものだと思うようになってきたからである。心で話し、心で聞き、心で動くことが最も相手に誠実に確かに思いが伝わるのではないかと。そう思えてきた。<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4804612734?ie=UTF8&tag=clubbillionai-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4804612734">密教・自心の探求―「菩提心論」を読む</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=clubbillionai-22&l=as2&o=9&a=4804612734" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />に曰く、「もし人仏慧を求めて菩提心に通達すれば、父母所生の身に、速やかに大覚の位を証す。」真言密教最大の特徴である、即身成仏はつまり、「我々の誰しもが心の中に、すべて等しく仏になる種を持ち、今、生活しているこの身このままで仏になれる」と云う、密教にご興味のある方にはご存知の通りであると思う。即身成仏とは自分なりには、仏のように考え、仏のように行動し、仏のように話すことであり、要するに何もかも仏の真似事をしている内に、仏に近づけるかも知れないと思っていた。<br>
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　これは若い頃の話しになるが、かつての生活で実践したことがある。<br>
小学校５～６年のときに、スーパーカーを交差点で見つけると、夢中でチャリンコで追いかけた。大阪市内の渋滞では、近距離なら結構ムチャすれば追いつく。マンションの駐車場まで追いかけて行き、写真を撮らせて貰ったり、時には乗せたりもしてくれた。そんなとき、必ず大人相手に訊いていたことがある。それは、「ナンの仕事してはるんですか？」だった。２０歳前後になると、今度は信号待ちのベンツやベントレーに乗っている人に、「どうやったら、そんなエエ車に乗れるんですか？」と訊いて回った。大阪はヤクザも多かったので、「なんじゃあ、ワリャア！」と凄まれたこともあるが、懲りることはなかった。（笑<br>
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１５歳で父親を失っている自分にとって、やがて渡世上の親とも呼べる人と出会う。<br>
なにもかも、この人から盗んでやろうと決心してから、身なりだけは超高級すぎて真似できなかったが、歩き方、しゃべり方、声の調子、人と接する時の態度、果ては息遣い、目つき、目の動かし方、間の取り方、などなど、タダで真似できることは貪欲にほとんど真似をした。「気色悪いヤッチャのぉ～オマエ～」と云われるほど露骨にやり続けた。その結果が功を成した・・かどうかは分からないが、２３歳からずっとＳクラスや７シリーズに乗り続けて来た。自分のことだけを考え、好きなものを好きなだけ買ってきた。好きなものに好きなだけお金を注いできた。今はそれが正しかったとは云わない。ただ、金を稼ぐ定義、意義を一個人の欲望のみを満たすことに拘ってきたために、それは大きな間違いだったと気付いて、モノを捨て、私欲を捨て、出家したわけであるが、金を稼いだかどうかだけなら、十分に稼いでこれたのは事実である。<br>
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同じように、（かどうかは、聊か極端かも知れないが）素の自分が話そうとするときや、相手の話しを聴くときも、今までのようについカッとなったり、小馬鹿にするようなことも、（仏さまなら、こう考えるかな？）（仏さまならこう答えるだろう）（この人だって、観音さまが姿を変えているのかも知れない）そう考えると、随分と今までと違う人に会えるようになってきた。それでもなお、心から相手のことを考えないと、言葉が足りなかったり、云うべきところで控えてしまったりする自分が居る。心が足りない、気持ちが足りない。心が口先じゃない言霊となり、態度となり行動となり得る。そう思えてきた。<br>
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　先の『菩提心論』から引用した文章は、即身成仏を端的に著す名文であるが、これを意訳すると、「仏の智慧を得て悟りを得ることを願い、教えを学び修行する機会を得たならば、父母より頂いた、この身このままで成仏することができますよ 」ってコトになり、結局は修行しなければ成仏出来ない、それ以前に全ての人が仏性を持って生まれたとしても、その存在自体に気付き（目覚め）なければならない。仏性を持っている＝成仏出来る資格を有している⇒だが、修行いかんによっては誰しもなれない（出来ない）そう思っていた。だから、遍路や巡礼を続けたり、滝やマントラや諸々の修行をしたり、阿闍梨になろうともした。<br>
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だが、それって自分だけの、自分だけが成仏すれば良い、自分の心が洗われれば良いというような、狭き了見にも思えてきた。阿闍梨になって、なにがしたいのか？　なにをもって世間様に還元するのか？　それは阿闍梨にならないと出来ないことなのか？ 阿闍梨と云う、肩書きだけが欲しいのか？ 色々考えた。 元より行者さんを批判しているのではない。敬愛する行者さんは沢山いらっしゃる。確かに、行を修しある意味において神通力を備えれば、祈祷祈願によって衆生を救うことが出来るかも知れない。本当にそういう人も知っている。だが、寺院のセガレとして生まれたワケでもない自分は、阿闍梨になれたとしても、私寺を建立するか、どこかの寺院に入らなければ人様に施しが出来ない。いずれかの組織に属し、規律にも従わなければならないだろう。自由な動きも制限されよう。<br>
<br>
　不動寺の橋爪住職に、僧侶の求人募集を見せてもらったことがあるが、そういった僧侶の受け入れ口もないことはない。しかし、僧侶という職業に就職するために出家したのではない。自分にとっての「僧侶」とは、職業ではない。それにそうなったとしても、そこで救えるのは信仰心を持った方々だけである。実社会において、目前に迫ったこの国の危機感すら、他人事にしか思えないほど、生活に追われているような、既に信仰心から遠ざかってしまった人々を、満遍なく救うには、もっと別のアングルから手を差し伸べる必要がある。やはり一人でも多くの人が、現状と未来をしっかり見据え、不安のない明日の迎えることの出来るようにしてあげることが、阿闍梨になるより自分にとっては最優先事項先決であるという結論に至った。<br>
<br>
<br>
阿闍梨になることを諦めたワケではない。<br>
暫しそれは先延ばしにしても、いつの時代でも犠牲者となる、民、大衆、ピラミッドの底辺にいる人たちを何としても救って行きたい。これが今推し進めている救済事業のきっかけである。だからこそ、もう二度とビジネスの世界に舞い戻ることはないと思っていたが、そうして人様の増益のお手伝いをすることが、今まで生き馬の目を抜く弱肉強食のビジネス界で生き残り、この身に沁み込ませたビジネススキルを活かせるのではないか、もしかしたら、そのために今まで商売をしてきたのではないか。今はそう思えてならない。それが自分が今まで生かされた世間様への恩返しであり、半生を生きるべく使命だと思っている。<br>
<br>
詳細はいずれお伝えするが、特に母子家庭や低所得者層の方々に、容易に収入を得ていただくため、間違えのない手段の伝授と、継続増益するためのサポート体制の構築である。弘法大師の開かれた、綜藝種智院（しゅげいしゅちいん）は身分の上下なく、広く一般大衆家庭の子供にも門扉を開いた、わが国初の私塾。そのお志を継がせて頂くに因んで、正式名称ではないが、今は趣旨としてその名称をお借りして、一切無償の全国行脚のため私財を投入しようと準備を急いでいる。<br>
<br>
<br>
　なんや、結局金儲けの話しかい？　金儲けはやめたんとちゃうんかい？<br>
そうだ、確かに自分だけの金儲けはもうやめた。しかし、現実社会で人様を救うには、キレイごとを並べててもどうにもならない。やはり、紙幣流通が最も現実的な救済措置に違いないのだ。じゃあ、私欲を捨てたんなら余った金をやみくもにばら撒くのか？そんな一過性のモンは意味がない。事実、宝くじに当選して、サラリーマンの生涯年収を得た人のほとんどが、五年以内に資産を失くしているデータがある。泡銭では意味がない、自分自身で稼げるのだという実績と楽しさ、豊かさとゆとりを得ることによって、心にこびり付いた邪念や垢が落ち、本来持っていた仏性に目覚め、その向こうに見える、誰に優しくしたい、誰かを支えたい、という自分の本当の心に触れるパラダイムシフトである。<br>
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わずかな個人や施設にドバッと、資金を流入するよりは、何千人何万人という、より多くの人たちが、今以上にしっかりと確実な収入を得ることが出来たら？　どうであろう。学歴もない、人脈もない、資金もない（ここまでは自分も同じだったが）更には、自らリスクを背負ってビジネスの世界に飛び込む勇気もない、そんな人たちを恵み或る心豊な世界へいざないたい。しっかり収入が増えれば、間違いなく今よりも生活にゆとりが出来て、嫌が応にも夫婦喧嘩が減って、それを観ている子供との会話も増えて、親にも気を配れて親孝行が出来て、家庭内みんなの笑顔が増えれば、心が豊かになる人も増えましょうや。その結果、少しでも無差別殺人などの犯罪が減って、未来に希望を持てる人が増えて、それまで周囲にいた、「無理だよ」「夢なんか叶わないよ」「諦めたよ」と云う、ネガティヴな人間たちから遠のき、「やれば出来るよ！」「やってみなきゃ分からないじゃないか！」「きっと出来るさ！」と云う、希望に満ちた人たちが傍に集いだすでしょう。<br>
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２年前、３０代前半でインターネットビジネスによって瞬く間に財を築いた、あるミリオネアと語ったとき、彼の主幹する起業塾でミリオネアを１００人輩出するのが夢だと彼は云っていた。そのころ、自分も同じ夢を持っていたので、同じ事を考えている男に会えたと、非常に彼に共感できたのを覚えている。そのときの自分の周囲には、金を儲けてからの知人に囲まれていた。最初は今まで知らなかった世界観、価値観、豪華絢爛なパーティー、高級車の見せびらかし合いが面白かったが、すぐに飽きた。彼らに興味があるのは、自分が儲けた手段や方法、投資や秘密倶楽部の情報交換であり、自分という一個人よりも金で何が出来るかだった。<br>
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そんな世界に嫌気が差し始めていたときで、起業家を目指し、若くやる気のある人たちを育てたい、夢を共有してもっと大きなプロジェクトがしたい、と思っていたときだった。実は、この夢は古くから持っていて、自分が２０代のころ、いつも社員にこう云っていた。「ウチの会社の社員用駐車場は、ベンツやビーエムだらけにしようぜ！」「あの会社一体、どないなっとんねん？って、云われよーぜ！」と。<br>
他人より自分第一の若い頃でも、社員には稼いで欲しかった。自分独りで高級外車を乗り回していても、つまらないからだ。だから、みんなで乗り回したかった。しかし、２０年商売してきて、その夢はほとんど叶わないと悟った。そこまで抜きん出てくる男は、みな独立していくからだ。収益のあがる部署では、同業種の中では高額な報酬を用意していても、例え社長でも役員報酬という給与を受け取っていた、自分の年収を追い抜くヤツはいなかった。いや、立場上、経費を自在に使える経営者である以上、それらも収入と見なしてしまえば、絶対に不可能なのだ。だから、社員ではなくビジネスオーナーと云う、同じ土俵に引っ張り上げるという、方向転換して夢を継続させようと思っていた時期だった。<br>
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しかし今は違う。更に方向性を変えた。<br>
なぜなら、やる気のある起業家を育てる起業塾や講師は、自分でなくとも先のネット起業家のように幾らでもいるからだ。今般、増え続ける一方ではないか。しかし、その環境の中でも今後は、挫折する人も多く突出していくのは容易ではないだろうが。出家して世の中を見つめなおし、自分を見つめなおした今、自分のやるべきことは、ミリオネアを１００人育てることではなくなった。<br>
サラリーマンの某統計によれば、月々５万収入が余分にあれば、奥さんがパートを辞められ、貯蓄や教育資金に回せ、子供とも時間も増やせるそうだ。ならば、月々確実に５万、収入を増やせる人を１００００人、１０万３０万と６桁に収入を増えせる人を１０００人、７桁を１００人以上とってもらうことを目標とした。実際これはかなり低めの設定である。メトカーフの法則に乗ってしまえば、これ以上は軽くイケると思っている。つまり、それほどに現実的だと捉えて頂ければ良い。心に雲もない、透き通った未来を見渡せるような人が、一人でも多く増えるに越したことはない。<br>
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ある意味、福祉事業的な本当の無償でないと意味がないとも思う。<br>
雑誌を見ても、テレビＣＭを見ても、ネットで検索しても、副業にせよ、ＳＯＨＯやネットビジネスを教える塾やスクールは履いて捨てるほどある。無料でレポートが読めたり、ＤＶＤを貰えたりするが、結局は月会費制のシステムへと誘導される。これらの多くは課金制のビジネスとして立派な商売である。在宅ワークも残念ながら、まとまな会社を探す方が難しい。テキスト代だの登録料だの、なんだかんだと準備金を要求されたり、仕事にならないような仕事をさせられて、結局稼ぐことは出来ない人が山ほどいる。<br>
ビジネススキルのない主婦たちが、真面目に副業を得ようとしても、現代ほどリスキーな時代はない。こんな輩がいるから疑心暗鬼になったり、ポジティヴな思考を欠落させてしまうのも無理はない。しかし、「タダより怖いものはない」との猜疑心も取り除いてあげないといけない。また、タダだったら適当しか取り組まない人もいるでしょう。だからこそ、紛れも無い真実のみを、身を粉にして渾身の心で伝え続けていくしかないかも知れないと思っている。<br>
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～編集後記～<br>
なんだかまた、取り留めのない話しになってしまった。<br>
誤字脱字、支離滅裂、られつの廻ってない部分はご勘弁を。<br>
先日から、これだけ漠然とした内容にも関わらず、何件か反響や問合せが来ている。兎に角、全国行脚しだすと家に全然帰れないほど、間違いなく相当忙しくなる。準備中の今なら、まだ幾らかサポートしたりも出来る。ご興味のある方は、お早めにプロフィール欄のメールアイコンより、ご一報下され。<br>
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感謝合掌<br>
法蓮　百拝<br>
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<title>いつまで、「貧乏父さん」を続ける気ですか？　そろそろ、「変態」しませんか？</title>
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<description>　いきなりこのタイトル。（笑
今回は密教はおろか、全く仏教にも関係のない話しに思われますか？「変態」と云っても、「性的倒錯（paraphilia）」いわゆるアブノーマルとは違うよ。嫌いじゃない方だったけど（笑。　イモムシが華麗な蝶々になる、あの「変態」です。また気...</description>
<dc:creator>taihei0440</dc:creator>
<dc:date>2008-08-07T18:38:33+09:00</dc:date>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　いきなりこのタイトル。（笑<br>
今回は密教はおろか、全く仏教にも関係のない話しに思われますか？「変態」と云っても、「性的倒錯（paraphilia）」いわゆるアブノーマルとは違うよ。嫌いじゃない方だったけど（笑。　イモムシが華麗な蝶々になる、あの「変態」です。また気まぐれに趣向を変えただけで何の話しなんだ？　そう思われましたか？　本題は少しあとになります。例の如く、論旨明快とは参りませんがちゃんとお話ししますからね。<br>
信仰心とは何宗にせよ、何教にせよ、いつの時代もその時代を生き抜く人たちの心の杖、拠り所です。心を養う智慧です。神仏のご加護に感謝し、生かされていることを実感すれば、人様を敬い、ご先祖様も大切にするでしょう。それらも信仰心に含まれるでしょう。どこのお寺さんも、配布しているような冊子には、有り難い言葉や、ふんふんなるほど。と思う事が書かれています。でも大抵は、それが御釈迦さんの話しだったり、偉業を成した僧侶の話しだったりします。ネタ探しも大変でしょうが、それでは社内朝礼や学校の校長が、「今日のひと言、朝礼ネタ」みたいな本を読んで、丸々引用しているのと変わりません。<br>
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また、毎日神仏に手を合わせる習慣のない方にとっては、（自分もそうでしたが・・）そんな話しすらも退屈なモノでしかないでしょう。そもそも、このブログへ訪れる方は純粋に密教、仏教、遍路にご興味のある方が中心だとは思いますが、大別すると相互リンクなどを経由し、自サイトへのアクセスアップを望む方も、本文に興味がなくとも沢山訪れますので、大きくは二つの属性に分かれます。前者の方の中には、自分のように過去の人生を振り返り、立つ岐の道に惑い、今の自分、今の世の中の問題を直視して、一念発起、このままじゃいかん！、変わろう！と望まれた方もいれば、人生の転機に遭遇し、神仏やご先祖様の有難さを感じられた方、彷徨う無明の闇から何とか抜け出したい！と、思い喘いでいる方、単純に観光と健康維持を兼て巡礼するのが楽しみな方、仏像や寺院神社の建築が好きな方、様々な方がいらっしゃいます。中でも諸々の問題に直面されている方、解決の糸口が見つからない方に向けて、今回はお話ししたいと思います。でも実は、特に今は問題を抱えておらず、ひとごとだと思われている方も、この国に住む殆んどの方が取り組むべき問題でもあるのですが・・・。そのワケはまたのちほど。<br>
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序章）<br>
ごめんなさい、先に結論をいいます。もし、アナタがもはや古典的ともいえる、貧乏父さんの思考に固執しているなら、アナタの未来に叶う希望はないかも知れません。希望も絶望も同じ、「望む」と書きます。どちらも望まなければ、今より悪くなる一方で一生が終わります。今のまんまではありません。悪くなるのです。それはアナタのせいではないかも知れません。でも、アナタの暮らすこの国には、頼るべき余力がとっくにないのです。何の話しか見えないかも知れませんが、もしアナタが、１０年前は・・２０年前は、と話すご年齢であれば、瞬く間にその危機感に直面するときが来るでしょう。そうなったとき、事前に予期して対抗手段を講じている人と、いきなりでビックリして、ジタバタ慌てふためくのと、どちらを選びたいですか？<br>
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　突然ですが、アナタのお仕事はナンですか？<br>
自分は、不動産、建築、観光業、宝石商、飲食店、他に小売業を営んでいました。どれも業種は違えども、一般消費者を顧客とする、いわゆる客商売です。では、資本経済社会の中で、大別するなら、仕事・・といいますか、収入源或いは稼ぐ方法は、幾つあるかご存知ですか？ ・・答えは、三つしかありません。　え？　と思われますか？でも事実です。<br>
その方法とは、カンタンに云うと、１）時間活用　２）組織活用　３）資本活用　の三つです。それぞれ、「活用」ではなく、「収入」と云ってしまった方が、分かりやすいかも知れませんね。では、自分のような、中小企業の会社経営者はどれに当てはまるかと云うと、１）か２）のどちらかです。例えば、自分の場合は客商売ですから、お店の規模が小さかったり、新事業立上げ時には、自分も店に出て筆頭に働きました。この時点では、経営者（企業オーナー）というよりは、自営業者に近いですね。<br>
そして何件か増えてきて、それぞれに店長を育て任せられるまでは、毎日東京と群馬を往復し一日１６～２１時間働きました。これは社長と云えども、１）の時間収入、つまり労働収入になります。時間給でパート勤めしている人も、社員も、弁護士だって、医者だって、先生だって、政治家だって、時間を切り売りしている人は、全員が全員労働収入です。え？と思います？　でも、月に何日、何時から何時に働く人はみんなそうなんですよ。私たちの周りに一番、多く存在する人たちと云うことが分かりますね。沢山のひとたちがいますから、年収２００万の人も３０００万の人もいます。ただし、この中にいる限り、つまりお金を追いかけてお金のために働いているうちは、一生本当のお金持ちにはなれません。<br>
あ、お金持ちになんてなりたくないって方もいますね。まれですが。確かにお金持ちの中には、強欲で自分の財産を増やし守ること以外、より不幸な人たちに手を差し伸べることに、なんの感心も持たないヤツもいます。そんな金持ちになりましょうと云ってるのではないんですよ。自分も物欲を捨てて、一旦は要らないと思いましたが、世の中の困っている社会的弱者を救うには、いくらお金があっても足りないんですよ。本当にお金が要らないなら是非分けてあげて下さい。自分にはまだ、観音さまのような、自分も家族も呑まず食わずに、他人へ慈悲を施すことは出来ません。まぁ、とにかく自分はこの１）にいるのが嫌でした。だから必死で抜け出しました。なぜなら、ここに留まってある程度の満足を得るには、序章の古典的な刷り込みによって、無理だと即座に判断できたからです。笑うぐらい誰でもカンタンに自己診断できます。徐々に説明しますね。<br>
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　さて、次の２）の組織収入ですが、自分を例にすると、やがて幹部社員も育ってくれば、お店を任せられ、別の事業を興して軌道に乗せるまでの間も、既に収益の上げられる店舗を継続していれば、そこからの収入が補ってくれます。少数精鋭の正社員と業種によって７～８割のアルバイトさんを雇用していましたから、社員一人あたりの売上高は高く、人件費のかかる客商売にしては、利益は高かったと思います。乱暴な計算でいうと、例えば一人あたり年間２０００万の仕事をして貰って、平均報酬が５００万だと企業は１５００万/人 儲かると云う事です。これが、２）の組織収入に近いですね。従業員よりも社員のほうが、給料がいいなんて話し聞いたことがありますか？フツーはないですよね。経営者はリスクを背負う代わりに、社員に利益を上回る仕事をしてもらっているのです。個人的意見でなら、「年収お幾らですか？」ではなく、「働くのを止めても、幾ら入ってきますか？」と訊かれて、答えられるのが１）と２）の収入の境目だと思います。ポイントは、いくら「相談料は３０分、一万五千円からですよ」と云う、弁護士でも、ゴッドハンドを持つ外科医でも、事故で腕を切ったり、働けなくなると忽ち収入は途絶える、ということです。<br>
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もっと分かりやすいのでいうと、フランチャイズ（以下、ＦＣ）などのネットワークを構築すれば、これにレバレッジが更にかかります。例えば、世界初のＦＣチェーン、フライドチキン、セブンイレブンなどのコンビニ、モスバーカー、ラーメンチェーン、などの本部は、加盟店からの外部資本も吸収しながら、ロイヤリティーを徴収しますから儲かるのは当然です。同時に、フランチャイズはビジネスネットワークの形態の一つで、メトカーフの法則（メトカルフェの法則）が作用します。一般に通信事業や通信網において、ネットワーク（特にコンピュータ・ネットワーク）の価値もしくはパワーは、そのネットワークに接続されたすべてのノード（コンピュータなどのネットワーク端末）数のほぼ2乗に比例して増加するという論理に使われますが、リアルビジネスでも同様に、臨界点を超えたところで顧客が爆発的に増える（利用者数の二乗）＝ネットワークの経済的な価値としても表現されます。シアトルでちっぽけなコーヒーワゴンをやっていた、スターバックスは瞬く間に世界へ名を知らしめましたが、これもメトカーフの法則作用の示すものです。いわば、組織力ですね。隣に個人経営の喫茶店があったら、撤退を余儀なくされます。それが組織力（ネットワーク）の力です。<br>
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２０歳前後のころ、愛読していた「ユダヤ流金銭の哲学」の著者、藤田田さんが立ち上げた日本マクドナルドは、氏の退任後、アメリカ直轄運営になっていますが、その創業者であるレイ・クロック（マクドナルド兄弟から２７０万ドルで権利取得）は、米国での加盟金は一億を越えるそうです。さらにクロックはＦＣ化についてこうも話してます。「われわれの商売は不動産業である。われわれがハンバーガーを売る唯一の理由は、フランチャイズ会社がハンバーガーを売ったときの利益が、最も多くの賃貸料をわれわれにもたらすからだ」ロイヤリティーに加えて、賃料まで要求するのは流石アメリカ流と思いきや、実は国内のコンビニチェーンだって、名目上は存在しないだけで、賃料も十分含まれているのです。客数の多い都会と、地方のコンビニでもロイヤリティーが同じなら、賃料の明らかに安い地方での加盟店からはそれだけ多くの収益が上がることになるからです。<br>
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ちょっと脱線しましたが、この賃料というのが最後の、３）資本収入の原資ともなります。今この国で一番、お金持ちは誰ですか？・・米経済誌<A HREF= "http://www.forbes.com/business/2008/05/07/japan-wealth-technology-cz-km-lk-japanrichest08_0507lander.html"target=blank>フォーブス</A>によれば、今年は山内溥さん（任天堂相談役）で、７８００億円。二位は昨年一位だった、森トラストの森章さん（森ビル創始者・森泰吉郎の三男）で、７７００億円。お兄さんの稔さん（現・森ビル社長）も十一位です。他にも、多田勝美さん（大東建託会長）も十七位と健闘しています。やっぱ、不動産って儲かるんですね～。いえいえ、そうではなくて、ＩＴ企業の孫正義さんだって、三木谷浩史さんもいます。サラ金屋さん、パチンコメーカー、靴屋さん、衣料販売、色んな業種の方がいます。共通しているのは、全員が企業のオーナーだということです。確かに、不況に強い弱い業種があったり、現代の市場性も関連します。経常利益にも由るでしょう。ですが、そこまで組織を拡大してしまえば、業種を問わず、資産が資産を産んでいくようになります。お金がお金を呼び寄せ、どんどん運んでくるのです。カンタンに云うとこれが、３）の資本活用です。このロジックが見えてくると、一気に稼げるようになります。<br>
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　では、それぞれの人口利率をご存知でしょうか？<br>
１）労働（時間）収入・・・８０％　従業員、自営業者、<br>
２）組織収入・・・・・・・１６％　事業家、企業オーナー<br>
３）資産収入・・・・・・・・４％　資産家、投資家<br>
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こうなります。<br>
資産家の息子にでも生まれない限り、ほとんどの人は、１）労働収入から始めます。しかし一生、そこから抜け出せない人、そこにいることに甘んじ満足する人もいます。ここに人口の八割がひしめき合っています。経営者から言わせると、そんな「雇われたい」人たちがいるおかげで、商売できるのです。みんなが社長になりたがったら、社員がいなくなってしまいます。事実、ウチの会社でもそんな独立心のある社員は、自分から盗めるもの盗みきって辞めて起業していってます。だから、気付いて下さい。スーパーでレジを売っている人は、スーパーの社長、飲食店の店長や従業員なら、そのオーナーを、それぞれ儲けさせるために働いているということを。自分たちが食べるには、これしか手段がないというのは、ただの錯覚です。その錯覚から抜け出さなければ、一生、誰かを儲けさせるために生まれてきたことになります。<br>
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現在でもダブっている人もいますよ。例えば、会社員（１）でありながら、都内にマンションを所有していて、家賃収入（３）を得ている人。 自分も働きながら（１）会社経営（２）をしている人、経営（２）をしながら、より巨額の資産運用（３）している人。さて、アナタはどのタイプで収入を得ている人でしたか？　厳密に云えば、他にも権利的収入を得ている人たちも居ます。例えば、b'Zのようなアーティスト。作詞作曲から唄まで歌えば、ヒットするだけで莫大な利益を産みます。あ、ほら、「水割りを下さ～い」って、懐かしいあの唄あるでしょ？　あれ、未だにカラオケで歌われる度に、堀江淳の通帳にガチャ～ンとお金が入るのです。同じ印税なら、古本屋で売られたらお終いの本を書くより、歌い継がれる曲作りの方がいいですね。ただ、才能の一種ですからこれって誰にも出来ませんね。他にも特許などもそうですが、アイデアのみならず、特許貧乏と云われる人を知っていますが、商品によっては、開発費も相当かかります。<br>
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余談ですが、フォーブスで１４年連続世界一位だった、ビル・ゲイツが三位に後退しましたね。しかし、コンピュータオタクだった彼を、あそこまで伸し上げたのは、たった５万６千ドルで手に入れた、ＤＯＳの権利を破格のオファーを出したＩＢＭに売らなかった。オペレーションシステムという、ネットワークを導入したのです。若い彼は、一生涯遊べるお金より、一生涯は入り続ける権利収入を選んだのです。この選択こそ、彼を長年世界一の金持ちにしたのです。これこそ、ライセンス収入の最たるものですね。因みに、ビルゲイツは三位に後退したとはいえ、一年間で彼の資産は約１０％増の６０００億も増えています。ってことは、前年も今年も総資産額は分かりますよね。早期引退して慈善事業に専念する、アメリカの成功者美徳を体現しています。さらにＨＡＮＧ　ＴＥＮや、コーラ、ブランドを確立してライセンスを結ぶのも手段の一つです。あとは勝手に世界中のセールスマンが売ってくれますから、偽造の管理だけしていればいいのです。ディズニーのライセンスは最も高額で有名ですね。とても魅力的な権利収入ですが、これらも作曲するより難しいような気がしますね。<br>
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では、先ほどの話しで、この三つが段々にダブって行き、やがて、３）へ向かって加速していくことに気が付きませんか？　１）の労働をすることによって、２）の組織化を計り、そこから得た収益で、３）の資産を構築し、１）の労力を２）を拡大することに費やしながら減らして行き、最終的には２）と３）、或いは３）のみで暮らしていければ嬉しくないですか？ <br>
最も危険なのは、たった一つの１）の収入のみに固執している人です。同じ、１）の収入でも、何箇所から同時に入るシステムを構築されているなら、リスクは回避できますが、もし、アナタが今、一つの会社に自分の将来を依存しているとしたら、その会社の未来は保証されていますか？　大きな会社でも、平気で食品偽装したりする時代ですよ。食品会社じゃなくったって、叩いて埃の出ない会社の方が少ないご時世。税金を垂れ流す地方自治体や天下り財団は最悪です。<br>
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つい話しが逸れましたが、将来安定した職業につくためにと、学校のセンセイや親や周囲から、なんと云われて育ちましたか？ 自分の親は変わってるのか、云いませんでしたが、いい学校を卒業して、いい会社に勤めて・・そう云われませんでしたか？　未だにそれを子供に言ってる人はいませんか？ それこそ、もはや古典的な情報の刷り込みに過ぎないのです。例え、アメリカでＭＢＡ（経営学修士号）を取得しても、その行き先は高給で雇われる企業幹部であり、そこで働く限りその経営者の収入を越えることは皆無です。<br>
そもそも・・。中学の卒業式にセンセイに、「オマエは出るな」と言われた自分のような輩は、もうその時点でこの古典的レールから大脱線しています。今までずっと、この学歴がコンプレックスでしたが、それをバネにもして来ました。少なくとも、カツアゲや盗みや非合法な販売以外でちゃんと、同級生の父親の年収を抜いていました。学歴がなくても会社は経営できます。多くの人は、いい学校を出れなかった⇒いい仕事に就けなかった⇒沢山の年金や退職金の夢はついえてる。はい、もうお終い。雇ってもらえるとこに勤めましょう、まぁ出来れば条件いいとこで、みたいな。そんな人、多くないですか？ 諦めるの早すぎますよ。<br>
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ここでもう、自分の未来を諦めてしまった大人たちは、せめて子供にはと、教育費をかけ、夫を単身赴任させ頑張らせて、子供の未来に夢や希望を託すのではないでしょうか。自分の夢をも捨てた両親を見て、子供が夢を持てると本気で思いますか？　残業に疲れ、夫婦のいざこざに疲れ、そんな両親を見て、早くボクも大きくなって、楽しい大人の世界に行きたいな～なんて、目をキラキラさせるワケがありません。<br>
でも、学歴がない、ビジネススキルがない、資産も勿論ない、人脈もないい、フランチャイズすら参加する金もない、こんなんでどうやって、夢を持てっていうんだ！キレイごと云ってんじゃねーよ！諦めるしかないだろーが！ ・・そんなことは絶対ありません。お怒りですか？お嘆きですか？　昔の自分のなら、泣け犬の遠吠え、ただの戯言と突き放していたかも知れません。しかし、大義を掲げ救済事業に臨む今は、そんな人たちこそまず救いたい人たちなのです。くどいようですが、私たちは、ある企業のオーナーを儲けさせるために生まれて来たのではありません。一部の政治家に贅沢させるために税金を払っているのではありません。銀河鉄道９９９の機械化惑星のネジにならないで下さい。マトリックスの中で電池のまま、幻想にただ息をしているだけの自分のプラグを外しましょう。それにはまず、アナタの心の扉を開いて下さい。手を差し伸べても、同じ方向に手を伸ばしてくれないと引っ張り上げられません。「変態」するときは今です。どうせなら人生、美しい蝶になって羽ばたきましょう。<br>
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今回はひどく、抽象的な話しに終始してしまいましたが、世の中にはお金を稼ぐ方法なんて山ほどあります。幾らでも一切無料でお教えしますよ。せっかく、元事業家の変り種坊主なのですから、自分のビジネススキルで宜しければ幾らでも。こういう機会を増やして行きたいと思います。 但し、種類はあっても、出来る人と出来ない人がいたり、そのために大きなお金が必要だったり、時間をかけて勉強したりしなきゃならなかったりすると、挫折の原因になります。アナタの時間はアナタ自身のものです。誰も奪うことは出来ません。その時間を将来の希望に如何に繋げるのか、会社の社長を儲けさせるために使うのか、アナタの自由です。<br>
インターネットが加速する情報化社会ですから、目にしたり耳にしたりしたものもあるでしょう。こうして自分が書くのも、顔の見えない皆さんとでも、心は紡ぎ合える、仏縁は万人に等しいと思っているからです。肝心なのは、その情報を如何に正しく解析するかです。仏道で言う、支障があったり、こだわりがあったりしては、正しく物事を判断出来ません。まずは心を解き放ち、正しい目で見れば、溢れる情報に惑わされることもありません。次の回からはより具体的な手段も交えてお話しして行きたいと思います。<br>
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感謝合掌<br>
法蓮　百拝<br>
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</item>
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<title>生駒聖天さま　宝山寺二度目の参詣</title>
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<description>　義理の両親を連れ立っての、我が家では初めての大家族旅行から帰宅。懸念していた高齢者の仲間入りを果たしているお二人の体力も、三日間を通じて至って元気で過ごして下さり何よりだった。両親が健康であること。これは何にも変えがたき、有り難いことである。普段は三千...</description>
<dc:creator>taihei0440</dc:creator>
<dc:date>2008-08-05T14:16:07+09:00</dc:date>
<dc:subject>寺院巡礼</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　義理の両親を連れ立っての、我が家では初めての大家族旅行から帰宅。懸念していた高齢者の仲間入りを果たしているお二人の体力も、三日間を通じて至って元気で過ごして下さり何よりだった。両親が健康であること。これは何にも変えがたき、有り難いことである。普段は三千歩も歩くことのない、圧倒的車社会の群馬県下の環境で暮らす両親が、初日は移動も多く、住吉大社参拝を含め一万三千歩、三日間で三万歩近く歩き通せたのだ。いつも腰が痛い、あそこが痛いと云っている義母も、最初は怯んでいた生駒の聖天さまの、長い長い石段の参道を登りきってくれた。<br>
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前回ご紹介した、元ブログ読者さまで今は同志である、Ｔ氏のお父上は心臓を患われ大手術をされたばかり。比較するのは、誠に失礼かも知れないが、両親のどちらかでもそういった状態であれば、こんな親孝行も出来ない。これを家族の幸福と呼べずして何と云おうものか。『親と金は生きているうちに使え』などと、とんでもないことを云う輩もいるが、親孝行こそ元気な内にしてあげたいものだ。させて貰えることの有り難さに感謝したい。それは、昨日入院中の９５歳になる義理の祖母の元へ、みやげを届けに行ったときも同様のことを思った。<br>
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祖母と同じ病室では、周りにいる入院患者はみな、苦痛に顔を歪めたまま話すことも出来ず、身体をよじったまま戻らなかったり、よだれを垂らしたまま視線も定まらなかったりと、とても普通の状態ではない。介護病棟だから当然なのだが、しかし、最年長であるにも関わらず祖母は、寝たきりとは云え、気丈に自分でボタンを押して介護ベッドを上げ下げし、自分で食事を摂り水を飲み、多少覚えは悪くとも耳が遠かろうが、普通の会話が出来る。みやげを渡すと「顔が土産代わりでいいって云ったのに、こんなにしてくれて」と泣いて喜んでくれる。つまり、感情をちゃんと言葉で表情で伝えてくれる。それだけでもなんて幸福なんだろうと思った。<br>
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　そうそう、そのＴ氏から旅行中に予定通り、お父上が無事退院出来たと朗報を受けた。奇しくも生駒の聖天さまの参詣帰りの電車内でそのメールを受けた。今しがた、聖天さまに直接、無事な退院をお祈りしてきたばかりだったので、この朗報には本当に愕いた。正にＴ氏の信仰心と聖天さまの厚いご誓願の賜物。その著しいご利益の現れ方には、ただただ目を見張るばかり。聖天信仰者の誰もが、他の諸仏神の信仰者とは明かに一線を画すのも頷ける。<br>
今後は、ご自宅でのリハビリが始まる。奇跡的なスピードで退院に至っている分、これからは家族全員の協力の元、お父上も社会復帰まで試練が続くであろう。家族の支えと気丈な精神を以って、是非とも順調なご回復をお祈り申し上げたい。あな有り難や、あな尊。南無帰命大自在大聖歓喜雙身天王・・・合掌。<br>
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<a href="http://image.blog.livedoor.jp/taihei0440/imgs/9/7/9730827f.JPG" target="_blank"><img src="http://image.blog.livedoor.jp/taihei0440/imgs/9/7/9730827f-s.JPG" width="160" height="120" border="0" alt="生駒聖天さま　境内" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a>　さて、生駒の聖天さまは前回の愛染霊場としての参詣以来、二度目。<br>
義理の両親のペースに合わせ、休み休み参道の石段を登って行く。やがて大きな注連縄と「歓喜天」と真ん中に掲げられた鳥居が見えてくる。この大鳥居は、近鉄生駒駅から歩いて乗り換える、ケーブルの始発駅「鳥居前」に元々あったものを、１９８２年（昭和５７年）に、生駒駅前再開発事業に伴い、現在の惣門前に移設された。これを潜り、右手に金剛殿がある駐車場を通り過ぎると、例の永年浴